幸田露伴『雪たゝき』と落語「雪とん」

   

幸田露伴『雪たゝき』と落語「雪とん」

5代目古今亭志ん生の落語は、力が抜けて、閑人(筆者のこと)は、なにか、救われるような感じがする。志ん生演ずる「雪とん」に井伏鱒二『山椒魚』を思わせるくすぐりがあることについては、前に書いた。ここでは、「雪とん」と幸田露伴『雪たゝき』の類似性について書いておく。

 まずは、落語「雪とん」の梗概を記しておく。志ん生の高座の録音を参考にした。
船宿に、若旦那が居候している。船宿の親方は、その若旦那の家に昔大変に世話になっていた。その若旦那が、臥せった。恋煩いとのこと。相手は、評判の小町娘。船宿のおかみは、おあきらめなさい、あの子は男嫌いで通ってるんだから。若旦那いわく、いや、わたしゃ、あの娘さんと、どうのこうのしたいというのじゃない。せめて、お手ずから、盃の一つでももらえたら、満足です。若旦那の家には義理があるし、それくらいで気が済むのなら、と、船宿のおかみは、小町娘付きの<女中>に話をする。どうか、と金包みも渡す。小町娘付きの<女中>は、小町娘に、船宿の主人が世話になった田舎の大尽の一人息子が恋煩いをして死んでしまいそうになっていて、お嬢様から盃の一つでももらえれば満足すると言っているんだと話す。盃をあげるだけでよいなら、人助けにもなることだし、と娘は承諾する。手筈が決まる。明晩、裏木戸をトントンと二つたたくと中から女中が開けてくださいます、と船宿のおかみは、<女中>から聞いた手筈を若旦那に伝える。若旦那が約束の晩、小町娘の屋敷に行き、戸を叩くがあかない。ここじゃないのかなと思って、よその家の塀を叩いてまわる。その日は向こうの見えないようなひどい雪だった。ここで、もう一人男が登場する。この男が、下駄の間に挟まった雪をとるため、板塀をトントンと蹴った。すると、扉が開いて、どうぞ、と言われた。導かれるまま、屋敷に入る。小町娘は、男の顔を見ると、あんまりいい男なんで、ぶるっと震えた。酒が出る。泊って行けと言われる。布団にもぐる。男がうつらうつらしていると、娘が顔を赤らめて、おやすみなさい、と挨拶に来る。魚心あれば水心。・・烏カーで夜が明ける。若旦那は、一晩中町内の戸という戸を叩きまわっていた。ふっと見ると件の男が裏木戸から出てくる。不審に思って、若旦那は男の後を追う。その男は、若旦那が居候している船宿のおかみと言葉を交わして、去る。若旦那は、船宿のおかみにあれは誰です?ときけば、あのひとは、お祭り佐七というんだよ。あんまり男っぷりがいいんで、表を歩いてると、娘が騒いで、まるでお祭りみたいになっちゃうん。若旦那は、ああ、それで、おれは、だしにされたんだ。

「雪とん」は、歌舞伎「お祭り佐七」がもとになっているそうである。
露伴『雪たゝき』から引用しておく。

叱咤したとて雪は脱(と)れはしない。益々固くなつて歯の間に居しこるばかりだつた。そこで、ふと見ると小溝の上に小さな板橋とおぼしいのが渡つてゐるのが見えたので、其板橋の堅さを仮りてと橋の上にかかつたが、板橋では無くて、柴橋に置土をした風雅のものだつたのが一ト踏で覚り知られた。これではいけぬと思ふより早く橋を渡り越して其突当りの小門の裾板に下駄を打当てた。乱暴ではあるが構ひはしなかつた。
「トン、トン、トン」
蹴着けるに伴なつて雪は巧く脱(ぬ)けて落ちた。左足の方は済んだ。今度は右のをと、左足を少し引いて、又
「トン、トン」
と、蹴つけた。ト、漸くに雪のしつかり嵌り込んだのが脱けた途端に、音も無く門は片開きに開いた。開くにつれて中の雪がほの白く眼に映つた。男はさすがにギョッとしない訳にはゆかなかつた。
 が、逃げもしなかつた、口も利かなかつた。身体は其儘、不意に出あつても、心中は早くも立直つたのだ。自分の方では何とすることもせず、先方の出を見るのみに其瞬間は埋められたのであつた。然し先方は何のこだはりも無く、身を此方へ近づけると同時に、何の言葉も無く手をさしのべて、男の手を探り取つてやさしく握つて中へ引入れんとした。触つた其手は暖かであつた、なよやかであつた。其力はやはらかであつた、たしかに鄙(いや)しく無い女の手であつた。これには男は又ギョッとした。が、しかし逃げもしなかつた、口もきかなかつた。
「何(ど)んな運にでもぶつかつて呉れう、運といふものの面(つら)が見たい。」
といふやうな料簡が日頃定まつて居るので無ければ 斯様は出来ぬところだが、男は引かるゝまゝに中へ入つた。

露伴『雪たゝき』

森鷗外『独身』に「この時戸口で、足踏をして足駄の歯に附いた雪を落すような音がする。主人の飼っている Jean(ジャン) という大犬が吠えそうにして廃(よ)して、鼻をくんくんと鳴らす。竹が障子を開けて何か言う声がする。」とある。閑人もよく下駄をはくのでわかるが、雪が降れば、足踏みをしたり、壁をけったりして、下駄の歯に挟まった雪を落とすのは当たり前の動作である。ただ、『雪たゝき』と「雪とん」においては、それを待ちかねたる男の合図と女中が一人合点して、心待ちにしていた男とは別の男を屋内に招じ入れるという枠組みが共通していることを指摘しておきたい。影響関係があるのどうのと言っているのではない。ただ、似ているといったまでで。下駄と雪つながりで、あの例の捨女の句を引用しておく。

雪の朝 ニの字ニの字の 下駄のあと 

捨女

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