忘年会

      2017/03/22

忘年会

忘年会ときくと、閑人(筆者のこと)の頭には漱石『吾輩は猫である』で寒月君がヴァイオリンをひっさげ、忘年会に行くことがまず浮かぶ。
テニスと一緒で、バイオリンというのは見ている分には優雅でよいだろうが、いざやってみると、汗水たらして神経とがらせ、ぐったり疲れて、決して優雅なものなんかではない。愚痴はこのくらいにして、寒月の発言箇所から以下引用する。

その日は向島の知人の家で忘年会兼合奏会がありまして、私もそれへヴァイオリンを携えて行きました。十五六人令嬢やら令夫人が集ってなかなか盛会で、近来の快事と思うくらいに万事が整っていました。晩餐もすみ合奏もすんで四方の話しが出て時刻も大分遅くなったから、もう暇乞いをして帰ろうかと思っていますと、某博士の夫人が私のそばへ来てあなたは○○子さんの御病気を御承知ですかと小声で聞きますので、実はその両三日前に逢った時は平常の通りどこも悪いようには見受けませんでしたから、私も驚ろいて精しく様子を聞いて見ますと、私の逢ったその晩から急に発熱して、いろいろな譫語(うわごと)を絶間なく口走るそうで、それだけなら宜いですがその譫語のうちに私の名が時々出て来るというのです。
  
漱石『吾輩は猫である』

寒月の言によれば、「○○子さんの御病気」のことを聞いていろんなことを思って吾妻橋から身を投げた(最も川と反対側にではあるが)のは、迷亭が首懸の松にぶら下がろうという気になったという日時と、「同日同刻くらい」のことだそうである。迷亭が死に損なったのは、「暮の27日」、晩飯を食べた後である。「忘年会兼合奏会」は27日くらいにひらかれたのであろう。
  

佐々木邦『一年の計』禁酒を細君から誓わされる夫が出てくる。引用する。

「今度こそ是非やめて戴きます。これからはお酒を仇と思って戴きましょう」
「ウィスキーに外濠へ突き落されたと思えば仇と考えられないこともないが、俺は武士の子だから、直きに仇に繞り会いたくなる」
「相変らず古い洒落ね。親の仇と思わなくても宜いわ」
「それじゃ人類の敵と思おう。しかし汝の敵を愛せよという宗教もある」
「未練な人ね、余っ程」
「未練はあるが、いよ/\発心すると俺も来年は厄年だ。段々落ちるところが出世するから、この分で行けば今度は大川か海へ落ちるに定(きま)っている。俺だって命は惜しい。決心する」
「決心がおつきになったら、善は急げでございます」
「まあ然う急ぐこともない。急いては事を仕損じる」
「いゝえ、思い立ったが吉日と申します。今晩はもうそんなに召上ってしまったんですから、明日からおやめ下さい」
「明日からやめても二十五日に忘年会があるぞ。忘年会が。俺は幹事だ」
 と片岡君はお株を始めた。宴会には必ず幹事か発起人を承わっている。到底飲み頭だ。
 決心から実行までの期間、片岡君はこれがこの世の飲み納めという考えがあるから無制限に飲む。細君も好きなお酒をやめてくれるのかと思えば気の毒が先に立つ。死刑囚には望み通り叶えてやるのが人情の自然で、機嫌好く飲ませる。片岡君は或はこの辺の兵法を弁えていて時々発心するのかも知れない。兎に角忘年会まで一週間大いに飲んだ上に忘年会で又大いに飲んだ。

佐々木邦『一年の計』

久坂葉子『幾度目かの最後』と森鷗外『青年』でも、25日に忘年会があったという記述がある。暮れの25日はクリスマスである。当時だからできたことで、今の時代、25日に忘年会を企画したら、顰蹙ものだろう。
原民喜『飯田橋駅』では、元日の「四五日前忘年会の二次会」がひらかれている。太宰治『饗応夫人』の笹島先生は、暮に、病院の忘年会の二次会を「奥さま」の家でひらくのだといって、鰻の蒲焼のお土産を持っておしかけてくる。

鷗外『心中』では、「川桝と云う料理店」(ただし、仮名)での事件が物語られている。事件が起こったのは「暮に押し詰まって、毎晩のように忘年会の大一座があって、女中達は目の廻るように忙(せわ)しい頃の事であった。」。小説内で忘年会は、大体何日くらいに行われるものとしてあるのか知りたく、閑人(筆者のこと)は、小説内の忘年会の日にちを割り出そうとしてみたが、『心中』の、「暮に押し詰まって、毎晩のように忘年会の大一座があって」の箇所を読んですぐ、止そうと決心した。
最後に、村井弦斎『食道楽』から引用しておく。

今の世には歳の暮になると料理屋の二階で忘年会とかいうものを開いて酒を飲み芸者を揚げ狂歌乱舞顛倒淋漓(てんとうりんり)、野蛮人の状態をなして恬(てん)として愧(は)じざるものが沢山あります。春になっても不規律な新年宴会が流行しますし、知名の紳士が海外へ往復するとお互いに迷惑を感じながら時の流行で料理屋楼上に送別会とか留別会とかを開きます。それほど無用の入費があるならば忘年会にも新年宴会にもあるいは送別留別懇親の宴会にも今日のような食道楽会を開く方がようございましょう。一面には食物問題の研究となり一面には家族的の交際となって何ほどの利益だか知れません。

村井弦斎『食道楽』

どこかに、村井弦斎は、十二人分の仕事ができたとかなんとか書いてあったと記憶する。『食道楽』も『酒道楽』もいま、岩波文庫から出て、手軽に読めるようになっている。村井弦斎は、とにかく真面目な方であったのだろうという印象を受ける。村井弦斎の奥様は、夫をこの上なく尊敬していたか、この上なく煙たがっていたか、どっちかだろう。
漱石『琴のそら音』に、『食道楽』が出てくる。床屋で、煙草「山桜」をふかすような階級の人物が、『食道楽』は、面白い本だと、あるいは、小説=『食道楽』だと認識していることがうかがえる。

いつも通り、青空文庫の検索機能を利用した。

 - 文学作品の中の行事