虎退治―虎のやっつけ方

      2017/04/09

虎退治―虎のやっつけ方


岡田玉山『絵本太閤記』に、加藤清正公は、朝鮮出兵の折、馬を虎にさらわれ、上月左膳なる小姓も虎に殺されて、大いに怒り、虎狩りをしたとある。清正公は、鉄砲で虎を仕留めたそうな。同書には、後藤又兵衛と、菅六之助も、虎を退治したとの記述がある。黒田長政が朝鮮に陣を構えていた時のこと。陣中騒がしいので、長政はすわ、敵の夜討ちかと、薙刀掻い込んで高みにのぼってみれば、「馬の屋」に虎が来て、馬を食べていたのだった。恐れて、虎に向かおうとする兵士もいない。その中、菅六之助なる男、刀をひっさげ虎に向かっていき、自分のほうに走ってくる虎をかわしざま、虎の腰骨を8寸(閑人注 約24センチ)ほど、斬った。虎は傷を負って、猛り狂い、前足をあげ、たちあがった。菅六之助あやうしとみた後藤又兵衛駆けつけ、虎の肩先から背骨にかけて斬りつけた。その隙に、菅六之助は、太刀を、虎の眉間に振り下ろし、虎を殺した。見ていた黒田長政は、あんたらは、戦で、高名をえることに心を砕くべき侍大将なのに、畜生なんかと「勇を争う」なんておとなげないぜ。不機嫌にそう言ったので、虎を殺した二人は、言葉もなく長政の前から、引き下がったという。長政がそのような態度をとった理由はさまざま想像できるが、後藤又兵衛が黒田長政とそりが合わなくなって、浪人したのも無理ないことだと思う。あくまで『絵本太閤記』のこの箇所が、史実であったらの話だが。




虎退治といえば、『水滸伝』に出てくる行者武松の景陽岡での虎退治があまりにも有名である。
武松は、徒手空拳で虎退治をした。足蹴りと拳骨で虎を散々殴りつけ、動かなくなった虎が生き返らないようにと、二つに折れた棍棒の切れ端で、殴り殺した。
黒旋風李逵も虎退治をしている。山中で水を汲みに行った間、母を殺した虎を李逵は、やっつける。李逵は二匹の子虎を朴刀で突き殺し、メスの親虎の肛門を、腰刀で刺し、オスの親虎を、朴刀で切り殺した。虎を殺せば、返り血を浴びるらしい。武松も李逵も虎を殺して初めて会った人間(猟師)と言葉を交わしたとき、身は朱に染まっていた。両頭蛇解珍、双尾蝎解宝兄弟の場合は、毒矢で虎を、退治している。打虎将李忠は、「打虎将」とはいわれているものの、水滸伝中で、虎退治をしている様子が描かれてはいない。
 芥川龍之介『虎の話』には、らっぱ卒が「力一ぱい持つてゐたらつぱを虎のお尻へ突き立て」て、虎を死に至らしめたという話がでてくる。肛門になにかを突き刺すことによって、殺すという点では、李逵の虎退治の方法と似ている。ともに、虎はその場では死なず、走り回った挙げ句、死ぬ。この点においても、両者は似ている。『虎の話』のらっぱ卒は、虎を退治したということご褒美をもらったとしてある。水滸伝でも、虎退治をするとご褒美をもらっている様子が描かれている。水滸伝中の解珍、解宝の虎退治についてかかれた箇所には、虎を仕留めたらご褒美がもらえるのだが、期限内に退治できなかったら、罰をくうという記述がある。人を動かすにはアメとムチが必要なのか知らん。なお、『虎の話』でも、解珍、解宝同様、弓矢で虎を死に至らしめる猟師のはなしもでてくる。

「バナナ」についてまとめた記事でも取り上げたが、中島敦『虎狩』では、バナナの皮で虎を滑らせ、その隙に鉄砲でズドンと行けばいいんじゃないかと、考える少年が登場する。該当箇所を引用しておく。

その冷たいバナナを喰べながら、私は妙な事を考えついた。今から思うと、実に笑い話だけれど、其の時私はまじめになって、此のバナナの皮を下へ撒(ま)いておいて、虎を滑らしてやろうと考えたのだ。勿論私とても、屹度(きっと)虎がバナナの皮で滑って、そのためにたやすく撃たれるに違いないと確信したわけではなかったが、しかし、そんな事も全然あり得ないことではなかろう位の期待を持った。そして喰べただけのバナナの皮は、なるたけ遠く、虎が通るに違いないと思われた方へ投棄てた。さすがに笑われると思ったので、此の考えは趙にも黙ってはいたが。中島敦『虎狩』

文弱であること、この上ない。覇気がない。閑人と、この点において、酷似している。

『水滸伝』で得た知識を披露しておく。虎とやりあうときは、虎の後ろに回るとよいらしい。虎は後ろに回られるのを苦手とするそうだから。いつか役に立つかもしれない。
なだいなだは、アルコール中毒患者のことについてかなりの量書いている。もちろん、アルコール中毒患者の治療法についても書いてある。アルコール中毒患者の治療。これも、一種の虎退治。



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