ブランコ

      2017/03/30

ブランコ

ブランコや桜の花を持ちながら
小林一茶の句である。今回は、ブランコについて述べていく。ブランコの歴史については、原勝郎の『鞦韆考』に詳しい。
ブランコといえば、フラゴナールの例のあの絵を連想する。絵画を見るには「web gallery of art」なるサイトが便利である。


以下、フラゴナールの例のあの絵を、言葉でも説明しようと思う。そういえば、観察をするとは、言葉を与えることだとある方がおっしゃっていたっけ。

貴婦人が、男性にをこがせている。貴婦人のスカートの裾は、広がっている。そのスカートの裾の中が見える位置に花の茂みがある。
花の茂みには、身を横たえた男性がいる。身を横たえているのは、おそらくは、広がったスカートの裾の中を見るための男性の工夫であろう。その男に、貴婦人は、はいていた靴を放ずる。そんな場面が描かれた絵である。チャップリンの映画で、女性が男性の前でわざとハンカチを落とすシーンがある。拾わせて、言葉を交わそうという下心。もしくは、拾わせることで得られる虚栄心の満足。靴を放擲するのは、そんな理由のためであろう。よもや明日の天気を占っているのではあるまい。

ブランコに女性が乗れば、いろいろなものが見えるものらしい。外村繁『澪標』、永井荷風『妾宅』、北杜夫『楡家の人々』から引用しておく。




「あれ、ぶらんこや。ちょいと乗らしてもらお」
 たつはぶらんこに飛び乗り、脚を曲げて繰り初める。私は一寸たつの方へ目をやったが、直ぐ遊びの方へ目を返した。しかしそれがどんな遊びであったか、記憶はない。
 人の来る気配に顔を上げる。本家の男衆の万歳が立っている。たつは威勢よくぶらんこを繰っている。万歳はすっかり私達を無視した態度で、片手を小手にかざして言う。
「これは、これは、絶景なり、絶景なり」
 しかしたつはぶらんこを少しも緩めようともせず、上から言い返す。
「いやらしやの。ほんなところ立ってんと、早う、向こい行き」
「ひゃあっ、胸がだいこだいこ、腹がかっぶらかっぶら」
「阿呆いうてんと、早う行かんと、唾かけるほん」
「おたつどん、あきんどの節季や。もうけが見えたがな。後に未練はあるけんど……」
 万歳は浪花節のような節で歌いながら、花壇の方へ引き返して行く。たつはぶらんこの上で、高く声を上げて笑っている。
 私にも万蔵の言った意味はもう判る。そう思うと、急に好奇心が湧く。私はそっと顔を上げる。途端に、裾を翻した着物の中で、たつの二本の脚が弧を描いて、高く、私の視線を掠め去った。しかし万蔵のいったようなものは何もなかった。

外村繁『澪標』

「本家の男衆の万歳」は、ロココ趣味を解すといえよう。

一人倦(う)みがちなる空想の日を送る事が多くなった。今の世の中には面白い事がなくなったというばかりならまだしもの事、見たくでもない物の限りを見せつけられるのに堪(た)えられなくなったからである。進んでそれらのものを打壊そうとするよりもむしろ退(しりぞ)いて隠れるに如(し)くはないと思ったからである。何も彼(か)も時世時節(ときよじせつ)ならば是非もないというような川柳式(せんりゅうしき)のあきらめが、遺伝的に彼の精神を訓練さしていたからである。身過(みす)ぎ世過(よす)ぎならば洋服も着よう。生れ落ちてから畳の上に両足を折曲(おりま)げて育った揉(ねじ)れた身体(からだ)にも、当節の流行とあれば、直立した国の人たちの着る洋服も臆面(おくめん)なく採用しよう。用があれば停電しがちの電車にも乗ろう。自動車にも乗ろう。園遊会にも行こう。浪花節(なにわぶし)も聞こう。女優の鞦韆(ぶらんこ)も下からのぞこう。沙翁劇(さおうげき)も見よう。洋楽入りの長唄(ながうた)も聞こう。頼まれれば小説も書こう。粗悪な紙に誤植だらけの印刷も結構至極と喜ぼう。それに対する粗忽干万(そこつせんばん)なジゥルナリズムの批評も聞こう。同業者の誼(よし)みにあんまり黙っていても悪いようなら議論のお相手もしよう。けれども要するに、それはみんな身過ぎ世過ぎである。

永井荷風『妾宅』

「なによ、あんた達。このブランコはあたしのお祖父さまが公園に寄附したものよ。嘘だと思うなら、箱根土地株式会社の事務所に行って訊いてごらんなさい」
 相手はすごすごと引退り、すっかり小気味よくなった藍子は、ブランコが宙に舞うほど勢いよく力まかせに漕いだ。そのため彼女のスカートは風にめくれあがり、パンツをはいた腿の辺りまでが露になった。

北杜夫『楡家の人々』

お色気から、ガラリかわって、芥川龍之介『歯車』でブランコを絞首台に見立てる箇所を引用したい。

僕はこのブランコ台を眺め、忽(たちま)ち絞首台を思ひ出した。実際又ブランコ台の上には鴉が二三羽とまつてゐた。鴉は皆僕を見ても、飛び立つ気色(けしき)さへ示さなかつた。のみならずまん中にとまつてゐた鴉は大きい嘴(くちばし)を空へ挙げながら、確かに四たび声を出した。

芥川龍之介『歯車』

佐々木直次郎訳スティーブンソン『宝島』の注、「〔第一篇 老海賊〕一四」には、「ぶらんこ。――「ぶらんこ往生」、すなわち絞殺、絞刑のこと。」とある。絞首刑のことをブランコというから、『歯車』の「僕」が、「ブランコ台を眺め、忽(たちま)ち絞首台を思ひ出した」のもそう突拍子もないことではあるまい。原勝郎『鞦韆考』から、アテネ人がブランコをするようになった経緯について書いてある箇所を引用する。首くくりと、ブランコとは、存外近しい関係にある。

イカリオスの女エリゴーネが縊死したのを以て濫觴とし、其祟りからアテンに疫病が流行したので、アテン人が恐れをなし、其靈を慰むる爲めにアイオラの祭を始め、大に鞦韆をやることにしたといふ(中略)此祭は或はアリチデスとも稱し、首縊になぞらへて樹に繩をかけ鞦韆をやるのであるが、縊死したエリゴーネが處女であつたといふ點からして、專ら妙齡の婦女子が此技をやる習であつた。 

原勝郎『鞦韆考』

ブランコについて書いているうち、ふと、漱石『門』の坂井が「ほかの家の小供が遊びに来ても、ブランコへ乗せてやらない」ことも書きたくなったから、書いておく。もう一例。三島由紀夫『金閣寺』にもこんな箇所がある。

 われわれは凹地に設けられたブランコに若い男女が乗っているかたわらを登って、小さな丘陵の頂きの唐傘なりの東屋で休んだ。そこからは東のほうに公園のほぼ全貌が眺められ、西には保津川の水が木がくれに見下ろされた。ブランコの軋り音は、たえず歯ぎしりのように、東屋へ昇ってきた。

三島由紀夫『金閣寺』




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