暇であるということ

   





暇であるということ

暇であれば、人間何かをするものである。「暇」、の定義は存外難しい。上司小剣『ごりがん』(注1)によれば、僧と神主も、退屈をするくらいの生活を送っているようだから、暇があると考えて差し支えなかろうと思う。

 郷里で、私の父は神主をしてゐた。老僧の寺は十丁ほど東にあつて、私の家から其の天臺に象(かたど)つたといふ二重屋根の甍がよく見えるし、老僧の庫裡(くり)の窓から、私の方のお宮の杉木立や、檜皮葺(ひはだぶ)きの屋根や、棟の千木(ちぎ)までが見えたりした。坊主と神主とで、雙方とも退窟の多い職業であつたから、老僧――其の頃は血氣盛りの腥(なまぐさ)坊主であつたが、持ち前のごりがんはもう見えてゐた――と老神主とはよく往來してゐた。

上司小剣『ごりがん』

暇であれば、関心がご婦人に行くことがあるようで。『水滸伝』に楊雄の妻と裴如海ができてるということで、石秀が裴如海を殺す回があるが、その中の詩か何かに、僧で好色なものが多いのは、食うに困らず、考えるといえばあの事ばかりだからだというような意のことが書かれていたと記憶する。裴如海の発言を信じるならば、この僧、一目ぼれをしていて、幾年もその恋心を包み隠していたわけで、同情心が起こらないでもない。どうも水滸伝というのは、義理というもので、物語を進めているもんだから、痛快でよいといえばよいが、軟派なる文学に親しんでみれば、少し物足りないと感じることもないではない。
僧が好色な存在として描かれているものとしては、落語「鈴ふり」、三島由紀夫『金閣寺』、水上勉『雁の寺』なんぞを挙げることができるだろう。僧ではないが、頭をまるめた老人が女郎買いに行く噺「坊主の遊び」の演目名もついでに出しておく。

落語「短命」で、ある美人が結婚したと思ったら、すぐ後家になってしまう。その理由は、・・。というようなくだりがあるが、これも、暇で他にすることがないからだということであろう。司馬遼太郎『最後の将軍』だったと思うが、一橋慶喜は、井伊カモンノ守によって、謹慎と相成ったその間、専ら、世継ぎをつくることに精をだしたとかなんとか、そんなことが書いてあったと記憶している。
・・・あまり、こういった方面の知識をひけらかすと私の信用にかかわってくる。ここで終わろうかと思ったが、暇ならば、色を好むという結末で終わってしまうと、この「閑人のお遊び」を書いている私が、そのような目で見られてしまう。だから、私の名誉のために書いておくが、私は、貧乏で、その日その日をやっと送っているくらいだから、なかなか関心がご婦人のほうに行く余裕がない。
 少し、書き加えておく。暇であれば、文学に親しむことができるのである。暇でないと文学なんかできないと伊藤静雄が言ったというようなことを、庄野潤三が、「私の履歴書」に書いていたと記憶する。関連して、夏目漱石『硝子戸の中』から引用したい箇所がある。

私はそうした種類の文字(もんじ)が、忙がしい人の眼に、どれほどつまらなく映るだろうかと懸念(けねん)している。私は電車の中でポッケットから新聞を出して、大きな活字だけに眼を注(そそ)いでいる購読者の前に、私の書くような閑散な文字を列(なら)べて紙面をうずめて見せるのを恥ずかしいものの一つに考える。これらの人々は火事や、泥棒や、人殺しや、すべてその日その日の出来事のうちで、自分が重大と思う事件か、もしくは自分の神経を相当に刺戟(しげき)し得る辛辣(しんらつ)な記事のほかには、新聞を手に取る必要を認めていないくらい、時間に余裕をもたないのだから。――彼らは停留所で電車を待ち合わせる間に、新聞を買って、電車に乗っている間に、昨日(きのう)起った社会の変化を知って、そうして役所か会社へ行き着くと同時に、ポッケットに収めた新聞紙の事はまるで忘れてしまわなければならないほど忙がしいのだから。
 私は今これほど切りつめられた時間しか自由にできない人達の軽蔑(けいべつ)を冒(おか)して書くのである。

漱石『硝子戸の中』

庄野潤三やら、漱石やら、暇だからといって、必ずしも関心がご婦人のほうに行っていなさそうな人の文章を紹介しておいて、擱筆する。
…そういってはみたものの、最後に、太宰治『女の決闘』から引用しておく。

けれども、悲しいかな、この男もまた著述をなして居るとすれば、その外面の上品さのみを見て、油断することは出来ません。何となれば、芸術家には、殆ど例外なく、二つの哀れな悪徳が具わって在るものだからであります。その一つは、好色の念であります。この男は、よわい既に不惑(ふわく)を越え、文名やや高く、可憐無邪気の恋物語をも創り、市井(しせい)婦女子をうっとりさせて、汚れない清潔の性格のように思われている様子でありますが、内心はなかなか、そんなものではなかったのです。初老に近い男の、好色の念の熾烈(しれつ)さに就いて諸君は考えてみたことがおありでしょうか。或る程度の地位も得た、名声さえも得たようだ、得てみたら、つまらない、なんでもないものだ、日々の暮しに困らぬ程の財産もできた、自分のちからの限度もわかって来た、まあ、こんなところかな? この上むりして努めてみたって、たいしたことにもなるまい、こうして段々老いてゆくのだ、と気がついたときは、人は、せめて今いちどの冒険に、あこがれるようにならぬものであろうか。ファウストは、この人情の機微に就いて、わななきつつ書斎で独語しているようであります。ことにも、それが芸術家の場合、黒煙濛々(もうもう)の地団駄(じだんだ)踏むばかりの焦躁でなければなりません。芸術家というものは、例外なしに生れつきの好色人であるのでありますから、その渇望も極度のものがあるのではないかと、笑いごとでは無しに考えられるのであります。

太宰治『女の決闘』

重ねて言う。私は、貧乏であり、日々の暮らしに困っておる。名声は、微塵もないのであります。

(注1)『ごりがん』の冒頭部をみれば、この作品を織田作が「ややこしい」という言葉について、書いている例の作品を思い出される方も多いだろう。小出楢重もややこしいということについて書いている。この三者の関係について、暇なら調べて見られるとよい。もう、調べている人があったようにも記憶しているが。それにしても、「注」にこれほど注らしくないことを書いたのは初めてである。



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