ゴーヤのスムージーの作り方

   

ゴーヤのスムージーの作り方




材料
冷凍したゴーヤ 60グラム
バナナ  二分の一本
牛乳   100ml
ヨーグルト  50ml
ハチミツ  小さじ二杯程度 甘味は好みで加減する

作り方
⓵牛乳100ml、ヨーグルト50mlハチミツ小さじ二杯を混ぜあわせ、ハチミツをとかしておく。
⓶ミキサーに冷凍したゴーヤとバナナ、「⓵」を入れなめらかになるまで撹拌する。

〇材料にバナナをつかっている。かつて、バナナについてまとめた記事(http://kanzinn-no-oasobi.net/banana)がある。最後にバナナに関する比喩表現をまとめた個所があるが、おそらくは、読んでもらっていないであろうから、ここにひいておく。以下その記事からの引用。

バナナに関する比喩表現を挙げておく。

 

浜には今年流行の背中の下まで割れた海水着の娘や腰だけ覆(おお)って全裸の青年達が浪に抱きつき叩(たた)かれ倒され、遠くから見る西洋人の肌は剥(む)き立てのバナナのようにういういしい――小田島は突然顔を赫(あか)らめた。

岡本かの子『ドーヴィル物語』

無慮(おおよそ)二十通位の手紙がバナナのように机の上に積み重ねられた。

平林初之輔『オパール色の手紙――ある女の日記――』

太宰は、その近作の中で明かに自殺しているが、それだから、現実に自殺をしなければならぬという性質のものでもない。
 私は然し太宰が気の毒だと思うのは、彼が批評を気にしていたことである。性分だから、仕方がない。それだけ可哀そうである。
 批評家などというものは、その魂において、無智俗悪な処世家にすぎないのである。むかし杉山平助という猪のようなバカ者がいて、人の心血をそそいでいる作品を、夜店のバナナ売りのように雑言をあびせ、いい気になっていたものだ。然しその他の批評家といえども、内実は、同じものである。
 太宰はそんな批評に、一々正直に怒り苦しんでいた。

坂口安吾『ヤミ論語』

 文士の仕事は、批評家の身すぎ世すぎの俗な魂によって、バナナ売りのバナナの如くに、セリ声面白く、五十銭、三十銭、上級、中級と評価される。
 然し、そんなことに一々腹を立てていられない。芸道は、自らのもっと絶対の声によって、裁かれ、苦悩しているものだ。

坂口安吾『太宰治情死考』

汽車に乗る。野も、畑も、緑の色が、うれきったバナナのような酸い匂いさえ感ぜられ、いちめんに春が爛熟(らんじゅく)していて、きたならしく、青みどろ、どろどろ溶けて氾濫(はんらん)していた。いったいに、この季節には、べとべと、噎(む)せるほどの体臭がある。

太宰治『八十八夜』

ちなみに、Go bananaで、くるくるパーになるという意味だそうで。バナナに失礼になりゃせんかいな。




 - レシピ集