金縛り

      2017/04/01

金縛り





さあ、起きるぞという時、意識がはっきりしているという自覚があるのに、体が動かなくて、つらい思いをすることがある。以下に挙げた個所があるからには、おそらくは、漱石もそんな経験をしたことがあるのだろう。そんな時には、起きようとせず、寝ちまおうとするとよい。これは、閑人(筆者のこと)の知恵。

眼を開(あ)いて普段と変らない周囲を現に見ているのに、身体(からだ)だけが睡魔の擒(とりこ)となって、いくらもがいても、手足を動かす事ができなかったり、後で考えてさえ、夢だか正気だか訳の分らない場合が多かった。

夏目漱石『硝子戸の中』

身体(からだ)の悪い時に午睡(ひるね)などをすると、眼だけ覚(さ)めて周囲のものが判然(はっきり)見えるのに、どうしても手足の動かせない場合がありましょう。私は時としてああいう苦しみを人知れず感じたのです。

夏目漱石『こころ』

今日では、睡眠中、目が覚めたようでも、手足を動かすことができない状態になることを、金縛りにあった、と表現することが多い。日本近代文学作品中では、しかし、睡眠中、目が覚めたようでも、手足を動かすことができない状態になることを金縛りと表現することはないようである。以下、日本近代文学作品中で、「金縛り」はどのような文脈で使われているのか、見ていきたい。

相手を目が覚めている状態から、金縛りにする、あるいは、自身が目が覚めている状態から、金縛りになるとしている例を挙げていく。
人に怨まれる覚えはないが、はて何者と透(すか)して見たら、藪の彼方(むこう)にも人影が、十人ほどごそごそ動いている。私はそこで考えた。切って棄てるは易いけれど、刀を抜くのも面倒じゃ、一つ金縛りにしてくれようと。こう手を延(のば)して、グルグルと、彼らの頭の上の方へ、一つ大きな円を画いたら、刀を持った十人も、藪の向うの十人も、そのまま居縮(いすく)んでしまったのじゃ。

国枝史郎『蔦葛木曽棧』

「ふーむ。わが飛行の術を破ったとは、いかなる妖魔の仕業か。わが術を破り得るほどの者、天下ひろしといえども、わが白雲斎師匠を除いて、ほかにはない筈だが、伊賀流か、甲賀流か、何れにしても手強い奴! 名を名乗れ!」
と、呶鳴りながら、起ち直ったところ、いきなり足をすくわれて尻餠つき、
「ああ、見苦しい!」
 と、直ちに木遁の術……が、しかし何故か思うに任せず、金縛りにかかったようになりながら、ただ阿呆の一つ覚えのように、
「名を名乗れ! 名を名乗れ!」

織田作之助『猿飛佐助』

 

しかし彼には、紙帳の彼方(むこう)に、刀を構え、斬り込もう斬り込もうとしながらも、こっちの無言の気合いに圧せられ、金縛りのようになっている、頼母の姿が、心眼に映じていた。
 彼は、姿を見せずに、気合いだけで、ジリジリと、相手の精神(こころ)を疲労(つか)れさせているのであった。

国枝史郎『血曼陀羅紙帳武士』

「そんなわけぢやありませんがね。何しろあの眞珠(しんじゆ)太夫の人氣には驚きましたよ」
「お前もその魔法に掛つて、三日も金縛りになつたんだらう」
「へツ、魔法とやらに掛り度えくらゐのもので――取つて十八といふんだから、まだ本當に小娘ですが、その綺麗なことと言つたら」
「涎(よだれ)を拭けよ、八」

野村胡堂『錢形平次捕物控 眞珠太夫』

強情なのは何処から来たとも、犬神とも何とも云わないことがある。すると祈祷者が嚇した。
「云わないと金縛りにするぞ」
「祈り殺すぞ」
 と、云うようなことを云うと白状した。

田中貢太郎『村の怪談』

金縛りというのは、不動様と浅からぬ縁がある。不動様が、羂索で、相手を動けなくするのが金縛りのそもそもの意味だそうで。したがって、以下のように「不動」という言葉と、「金縛り」という言葉が、一緒に使われることは多い。

 

 そのまん中に、木綿の紋付き羽織を引っかけた不動様が坐って、恐ろしい顔で睨みまわしていたが、やがて、うしろの方に坐っている、紅化粧した別嬪(べっぴん)をさし招いた。その女は二三日前近所へ嫁入って来たものであった。
「もそっと前へ出ろ。出て来ぬと金縛りに合わせるぞ。ズッと私の前に来い。怖がる事はない。罪を浄めてやるのだ。サアよいか。お前は前の生(しょう)に恐ろしい罪を重ねている。その罪を浄めてやるから舌を出せ。もそっと出せ。出さぬと金縛りだぞ……そうだそうだ……」
 こう云いつつその舌に顔をさし寄せて、ジッと睨んでいた不動様は、不意にパクリとその舌を頬張ると、ズルリズルリとシャブリ初めた。

夢野久作『いなか、の、じけん』

一度ソンナ奴に狙われたら生きて日本に帰(けえ)れねえからそう思えってサンザ威嚇(おど)かされておりましたからね。何の事あねえ不動様の金縛りを喰った山狼(やまいぬ)みてえな恰好で、みんな指を啣(くわ)えて、唾液(つばき)を呑み呑みソンナ女たちを眺めているばかりでした。

夢野久作『人間腸詰』

 

光也は彼らの居た地点まで駈け寄ったが、にわかに足をとめた。そこに半裸にされた娘の姿を見たからではあるが、彼がそのとき確認したのは「娘の姿」と云うよりも「犯罪の姿」と云うべきであった。
 彼はみるみる立ちすくんでしまった。不動金縛りとはこれであろう。彼は羞恥で真ッ赤になった。

坂口安吾『牛』

不動の金縛りにでも逢ったように、動くことも声を立てることも出来なかった。

国枝史郎『赤格子九郎右衛門』

 

額(ひたい)ごしの左眼は、不動金縛りの力で、強く門之丞を牽制(けんせい)しながら、左膳、口をひらいた。

林不忘『丹下左膳 こけ猿の巻』

「いけねえ!」
 つぶやいた文次、安を促してあとずさりしようにも、これが不動金縛りというのか、足がくぎづけになって身動きが取れない。
「動くな、逃げようとて逃がしはせぬぞ」
 どこからか見ているものとみえて、声は静かにつづける。

林不忘『つづれ烏羽玉』

井上円了は次のように「不動金縛り」を説明している。

不動金縛りのごとき、ずいぶん不思議に見ゆれども、(中略)不動金縛りは、現今にては催眠術にてたやすくできることなれば、不思議とは申し難い。催眠術は近来盛んに行わるることじゃが、その術たるや、人心をして睡眠と醒覚(せいかく)との中間における一種の状態に入らしめ、己の意思にて身体を支配することあたわずして、ほかの人の命令に応じて器械的に動くようになる。ゆえに、他人より「われは汝(なんじ)に不動金縛りを掛ける」と命令されれば、たちまち身体、手足が動かぬようになる。

井上円了『迷信解』

つまり、覚醒している状態から、「睡眠と醒覚との中間における一種の状態」へ移行するとき手足が動かなくなることを(不動)金縛りといっていたのだが、今では、眠りから覚醒に移行するとき手足が動かなくなることをも金縛りというようになったということであろうか。

いままでは、身体的に身動きが取れなくなるという意味での金縛り、いわば、身体的な金縛りを見てきた。金縛りには、身体的金縛り同様、心理的な金縛りも存在するようである。その例を挙げておく。

下宿屋の娘と言い、またこの「同志」と言い、どうしたって毎日、顔を合せなければならぬ具合になっていますので、これまでの、さまざまの女のひとのように、うまく避けられず、つい、ずるずるに、れいの不安の心から、この二人のご機嫌をただ懸命に取り結び、もはや自分は、金縛り同様の形になっていました。 

太宰治『人間失格』

たとえ、淑女らしさという金縛りを身にうけてはいても、その時代の先進国であったイギリス生れの知識婦人であったフロレンス・ナイチンゲールが、社会衛生、道徳改善の事業にその規模の大きい現実的な精力の対象を見出したということは、決して不思議ではなかったのであった。

宮本百合子『フロレンス・ナイチンゲールの生涯』

 男のひとにしろ、そういう社会的な障害にぶつかった場合、やはりとかく不満や居心地わるさの対照に女をおいて、女らしさという呪文を思い浮べ、女には女らしくして欲しいような気になり、その要求で解決がつけば自分と妻とが今日の文明と称するもののうちに深淵をひらいている非文明の力に金縛りになっているより大きい事実にはあまり目を向けないという結果になっている。

宮本百合子『新しい船出――女らしさの昨日、今日、明日――』

その上に銀之丞殿の蓄えまで投げ出したらば、松本楼の屋台骨を引抜くくらい何でもあるまい。もし又、万一、それでも満月が自分を嫌うならば、銀之丞様に加勢して、満月を金縛りにして銀之丞様に差出しても惜しい事はない。去年三月十五日の怨恨(うらみ)さえ晴らせば……男の意地というものが、決してオモチャにならぬ事が、思い上がった売女(ばいた)めに解かりさえすれば、ほかに思いおく事はない。

夢野久作『名娼満月』

別して天草商事には恨みをむすんでいる様子であるから、その一念、天草の三羽烏を金縛りにするかも知れない。

坂口安吾『現代忍術伝』




 - 文学作品の中の現象