男と女を結ぶもの―赤い糸など

      2017/04/01

男と女を結ぶもの―赤い糸など




月下氷人とは、仲人のことである。「月下」は、月下老人からきている。『太平広記』巻159「定数」14に月下老人が出てくる話(『定婿店』)はおさめられている。出典は『続玄怪録』である。『定婿店』の梗概を紹介しておく。自由に訳しているからそのおつもりで読んでいただきたい。

杜陵の韋固は、幼い時に孤児となった。妻を早く得たいと思い、ほうぼう探したが、話が、まとまることはなかった。清河へと旅をする途中、宋城で泊まった時のこと、縁談があった。話をまとめたいと思い、韋固は夜明け前には約束の場所についていた。布袋によりかかって座っている老人がいて、月明かりで書見をしていた。まだ月の光はこうこうとしていたのである。韋固は、梵字もよく読むことができ、読めない文字はないと思っていたが、老人が読んでいる書物は韋固には読めない。それもそのはずで、老人は、「幽冥」の人で「幽冥」の書を読んでいたのである。「幽冥」の役人は人生のことをつかさどっていて、この老人は、特に、婚礼の書類をつかさどっているとのことである。韋固は、早く結婚して、子をなしたいと思い、十年間縁談を求めてきましたが、今回の縁談はまとまりますか、と老人にきくと、老人は、まだ、あなたの縁談はまとまることはない、という。韋固の花嫁さんは今3才で、17歳に韋固と結婚することになると老人は言った。韋固は、あなたの袋の中には何が入っているのですかと老人に尋ねた。老人は、「赤い縄がはいっている。夫婦の足をこれでつなぐのだ。生まれたらすぐ、こっそりと夫婦の足をつなぎ合わせるのだ。いったんつながれたら、どうしても、つないだ相手と結婚することになるのだ。あなたの足は、もうすでに、あの子とつなぎ合わせたのだから、他の子と結婚しようと思っても、無駄だよ。」という。
韋固が「私の妻は、今どこにいるんですか。妻の家は、何の商売をしているのですか。」ととえば、老人は「この宿の北で、野菜を売っている陳婆さんの娘だよ。」という。重ねて、「見ることはできますか。」と問えば、老人は、「陳婆さんは、野菜を売るにも常に、娘さんを抱いてくる。私と一緒に来るならば、教えてあげる。」という。夜が明けて、縁談はまとまらなかった。老人は、荷物をまとめて歩き出した。韋固は、ついて行って、やがて、野菜市場にはいった。斜視の老婆が三才の娘を抱いてきた。貧乏貧乏していることはなはだしい。老人は、指呼して、「この子があなたの奥さんさ。」といった。韋固が、怒って「この子を殺すことはできますかね」といえば、老人は「この子は、天に見守られていて、いずれ子供のおかげで、居食いができるようになるのだから、殺すことなんてできないよ」という。老人はいなくなった。韋固は、ののしって「うちは、士大夫だから、それに釣り合った妻を迎えないといけないんだ。それができないんなら、声妓できれいな子を落籍して、妻にするってんだい。誰が斜視の婆のみすぼらしい娘と結婚なんかしますか。」と言った。刀を研いで、召使にわたし、「あなたは、小才がきく。私のためにあの女の子を殺せば、銭をたっぷりやるよ。」。召使は、合点だと言って、翌日、衆人の中、女の子を刺して逃げた。韋固も召使もうまく逃げおおせることができた。韋固は、召使に、「刺せたかい?」と問うと、「心臓を狙いましたが、刃先は眉間に当たってしまいました。」と答えた。その後も、しばしば、韋固は妻を求めたが、縁がなかった。それから十四年たった。韋固は、父のおかげで、軍事に関係する官職についた。上司から認められて、その娘と結婚した。その娘は、十六、七であった。いつも額のところに「花子」を貼っていた。不審に思った韋固が問いただすと、三才の時にうけた刀傷を隠しているのだといった。よくよく聞いてみると、やはり韋固の妻は、韋固が殺そうとした、あの斜視の老婆に抱かれていた女の子であったのだ。韋固の妻は、その後も、老人の言ったとおりの人生を歩んだ。

月明りの中出会った老人だから月下老人とは、またえらく安直な命名の仕方である。結婚は、冥界で決められることらしい。

手元に、本がないので、はっきりしないが、水滸伝中の張清夫婦のことをうたった詩にも、赤縄によって、夫婦が繋がれていたとかなんとかいうフレーズがあったと記憶する。


将来夫婦になる男女が、お互い結び付けられているという話は、太宰治『思ひ出』にも、出てくる。なお、太宰治『津軽』中にも、その話は引用されている。

 秋のはじめの或る月のない夜に、私たちは港の棧橋へ出て、海峽を渡つてくるいい風にはたはたと吹かれながら赤い絲について話合つた。それはいつか學校の國語の教師が授業中に生徒へ語つて聞かせたことであつて、私たちの右足の小指に眼に見えぬ赤い絲がむすばれてゐて、それがするすると長く伸びて一方の端がきつと或る女の子のおなじ足指にむすびつけられてゐるのである、ふたりがどんなに離れてゐてもその絲は切れない、どんなに近づいても、たとひ往來で逢つても、その絲はこんぐらかることがない、さうして私たちはその女の子を嫁にもらふことにきまつてゐるのである。私はこの話をはじめて聞いたときには、かなり興奮して、うちへ歸つてからもすぐ弟に物語つてやつたほどであつた。私たちはその夜も、波の音や、かもめの聲に耳傾けつつ、その話をした。 

太宰治『思ひ出』

赤い糸の話は、「學校の國語の教師が授業中に生徒へ語つて聞かせた」とある。授業中、こんな<駄弁>を弄するのは、国語の教師だというのは、今も昔も変わらない。色の恋のという先生は、露伴『ひとよ草』にも登場する。青年の前で臆面もなく、恋の愛のというのだから、よっぽど心臓が強いんだろう。

紐や糸で男女が結ばれると表現されている例を少しばかり挙げておく。

だから、二人とも結婚について語ったり、愛について語ったことはなかった。しかし、二人の間は美しいひもに結ばれているように遠慮のない交際ぶりから、ちょっといさかいをしても、一週間も経てば、元通りになり、しばらく手紙も書かず、会いもしないでも、常にお互に快く思い起していた。

菊池寛『貞操問答』

ただしこの二人は破局をむかえることになる(要確認)。筆者の知るところではないが、とかく男女の間柄は難しい。

二人をつなぐ魂の糸はもはや一つも見当らず、太平はキミ子の肉体を貪るやうに愛撫して、牝犬を追ふ牡犬のやうな自分の姿を感じてゐた。
坂口安吾『外套と青空』

三代目古今亭志ん朝が「厩火事」の枕で男女の縁を結ぶ神様方を演じている。志ん朝は、神様が男女の糸と糸とを結ぶようなしぐさをする。どんな枕か、記憶をもとに一部をかいつまんで書いておく。はっきりとしたことをお知りになりたい方は、ちくま文庫の『志ん朝の落語Ⅰ 男と女』をご覧ください。

十一月は、全国の神様が出雲大社に集まって、縁結びをする。神様が出雲にいっていなくなっちゃうんで神無月というそうな。神様方おとなしく縁を結んでいるうちはよいが、お神酒の上が良くない神様なんかが出てきて、喧嘩が始まる。せっかく結んだ縁がばらばらになる。さっきの通りにしようとしても、一個あまるのなんか出てくる。面倒だから、じゃあこっちの二つと一緒に結んじゃおうってなる。これが三角関係。
志ん朝の「厩火事」の枕では、日本の神様は、月下老人のような役人を使うことなく、自分の手で縁を結んでいる。謙虚でなにより。
黒門町の「夢の酒」にも、出雲大社に文句を言いに行く、というフレーズがあり、落語の世界では、出雲大社が縁結びの総本山のごとき趣を呈している。桂枝雀演ずる「持参金」(昭和五十九年)にも出雲大社で縁結びをなさる神様が登場する。こちらでは、神様は役人みたいになっていて、やっつけ仕事をして、面倒だから三つ一緒にしてしまえっということで、三角関係が生まれるとしてある。

参考文献 『中国古典小説選6』(明治書院 2008年1月11日所版発行)

*追記 『中国古典小説選6』(明治書院 2008年1月11日所版発行)でも、太宰『思ひ出』中で赤い糸について言及があることが指摘されている。閑人(筆者のこと)は、いい気になってこの記事を書いた後、この指摘がしてあることに気づいた。先に生まれた人は得である。げんなりしたので、あらさがしをしておいた。『中国古典小説選6』から、少しく引用をしておく。

また日本では、「小指と小指が赤い糸で結ばれている」という言い方がよくされる。これは近年のテレビのコマーシャルの影響もあるようだが、太宰治『思ひ出』の中で、太宰が国語の教師から聞いた話として、「私たちの右足の小指に眼に見えぬ赤い糸がむすばれていて、それがするすると長く伸びて一方の端がきっと或る女の子のおなじ足指にむすびつけられているのである、ふたりがどんなに離れていてもその糸は切れない」と記しており、日本でも以前からよく知られていた話であったと思われる。『中国古典小説選6』(明治書院 2008年1月11日所版発行)

「太宰治『思ひ出』の中で、太宰が国語の教師から聞いた話として」としてあるが「太宰が国語の教師から聞いた話」とするのはいかがなものかと思う。赤い糸の話は、あくまで、『思ひ出』の「私」なる存在が国語の先生から聞いたのである。「私」=太宰治である保証はどこにもない。(一人称)小説の語り手=作者、あるいは、小説の主人公=作者とは限らないのだから。それに、小説の語り手=作者、あるいは、小説の主人公=作者とすることで、客観的に小説を読む行為が妨げられることにもなりかねない。作品内に描かれている人物と作家を混同してしまう現象について作家もいろいろ書いている。その例として、思いついたものを、三つ挙げて、この長い追記を終える。
まずは、太宰治『恥』を取り上げる。和子は、戸田に手紙を書く。その手紙の一部を引用する。

貴下の小説を私は、去年の夏から読みはじめて、ほとんど全部を読んでしまったつもりでございます。それで、貴下にお逢いする迄もなく、貴下の身辺の事情、容貌、風采、ことごとくを存じて居ります。

太宰治『恥』

ことごとく存じているつもりで、いたのだが、会ってみたら、ことごとく存じていたことと実際は全くの逆。

 

貧乏でもないのに極貧の振りをしている。立派な顔をしている癖に、醜貌だなんて言って同情を集めている。うんと勉強している癖に、無学だなんて言ってとぼけている。奥様を愛している癖に、毎日、夫婦喧嘩だと吹聴している。くるしくもないのに、つらいような身振りをしてみせる。私は、だまされた。だまってお辞儀して、立ち上り、
「御病気は、いかがですか? 脚気だとか。」
「僕は健康です。」 

太宰治『恥』

和子の悲喜劇は、小説の語り手=作者、あるいは、小説の主人公=作者だと思い込んでいたところから生じた。

小説は絵空事と昔からきまっている。ここに書かれてある騒動を、にわかに「事実」として信じるわけには行かない。

太宰治『花吹雪』

作品を、作家から離れた署名なしの一個の生き物として独立させては呉くれない。三人姉妹を読みながらも、その三人の若い女の陰に、ほろにがく笑っているチエホフの顔を意識している。この鑑賞の仕方は、頭のよさであり、鋭さである。眼力がんりき、紙背しはいを貫くというのだから、たいへんである。いい気なものである。鋭さとか、青白さとか、どんなに甘い通俗的な概念であるか、知らなければならぬ。

太宰治「一歩前進二歩退却」




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