木瓜

      2017/04/01

木瓜

冬の晴れた日に散歩に行った。木瓜が、咲いていた。織田信長の家紋にも、木瓜をあしらったものがある。今回は、木瓜についてまとめる。まずは、漱石『草枕』から。

所々の草を一二尺抽(ぬ)いて、木瓜(ぼけ)の小株が茂っている。余が顔はちょうどその一つの前に落ちた。木瓜(ぼけ)は面白い花である。枝は頑固(がんこ)で、かつて曲(まが)った事がない。そんなら真直(まっすぐ)かと云うと、けっして真直でもない。ただ真直な短かい枝に、真直な短かい枝が、ある角度で衝突して、斜(しゃ)に構えつつ全体が出来上っている。そこへ、紅(べに)だか白だか要領を得ぬ花が安閑(あんかん)と咲く。柔(やわら)かい葉さえちらちら着ける。評して見ると木瓜は花のうちで、愚(おろ)かにして悟(さと)ったものであろう。

漱石『草枕』

木瓜は、花の色も開花期も、その種類によってばらつきがあるらしい。以下、引用しているものをお読みになるときは、そのことにご留意ください。

まず、木瓜を読み込んだ俳句を挙げておく。


木瓜(ぼけ)の陰(かげ)に顔たぐひすむ雉(きぎす)かな 蕪村
黄いろなる真赤なるこの木瓜(ぼけ)の雨
細き幹伝ひ流るゝ木瓜の雨
高浜虚子

数ある悪口の中で、ボケ、は、かなりポピュラーなものであろう。番付をこしらえたら、「ボケ」は、大関くらいの位置かもしれない。木瓜と音が同じなので、しばしば、シャレで使われる。

 僕の母の実家の庭には背の低い木瓜(ぼけ)の樹が一株、古井戸へ枝を垂らしていた。髪をお下げにした「初ちゃん」は恐らくは大きい目をしたまま、この枝のとげとげしい木瓜の樹を見つめていたことであろう。
「これはお前と同じ名前の樹。」
 伯母の洒落(しゃれ)は生憎(あいにく)通じなかった。
「じゃ莫迦(ばか)の樹と云う樹なのね。」
 伯母は「初ちゃん」の話さえ出れば、未だにこの問答を繰り返している。
芥川龍之介『点鬼簿』

以下の露伴『花のいろ/\』をよめば、花の色がさまざまであることがわかる。
     

木瓜

 ぼけは、緋なるも白きも皆好し、刺(とげ)はあれど木ぶりも好ましからずや。これを籬にしたるは奢りがましけれど、処子が家にもさばかりの奢りはありてこそ宜かるべけれ。水に近き郷なるこれが枝には蘚(こけ)の付き易くして、ひとしほのおもむきを増すも嬉し。狭き庭にては高き窓の下、蔀(したみ)のほとり、あるは檐のさきなどの矮き樹。広き庭にては池のあなた、籬の隅、あるは小祠の陰などのやゝ高き樹。春まだ更(た)けぬに赤くも白くも咲き出したる、まことに心地好し。露伴『花のいろ/\』

『花のいろ/\』の海棠について書いたところには「 緋(ひ)木瓜(ぼけ)はこれ(閑人注 海棠)の侍婢(こしもと)なりとかや。あら美しの姫君よ。人を迷ひに誘ふ無くば幸なり。」(幸田露伴『花のいろ/\』)ともある。緋色の花を咲かせる木瓜の用例を挙げる。

散歩には此頃は好時節である。初夏の武蔵野は檪林、楢の林、その若葉が日に光って、下草の中にはボケやシドメが赤い花をちらちら見せて居る。
田山花袋『新茶のかおり』

柳はほんのりと萌(も)え、花はふっくりと莟(つぼ)んだ、昨日今日、緑、紅(くれない)、霞の紫、春のまさに闌(たけなわ)ならんとする気を籠(こ)めて、色の濃く、力の強いほど、五月雨(さみだれ)か何ぞのような雨の灰汁(あく)に包まれては、景色も人も、神田川の小舟さえ、皆黒い中に、紅梅とも、緋桃とも言うまい、横しぶきに、血の滴るごとき紅木瓜(べにぼけ)の、濡れつつぱっと咲いた風情は、見向うものの、面(おもて)のほてるばかり目覚しい。……
泉鏡花『売色鴨南蛮』

緋花の木瓜の比喩表現を拾っておく。
 二人が塵払(はたき)の音のする窓の外を通った時は、岩間に咲く木瓜(ぼけ)のように紅い女の顔が玻璃(ガラス)の内から映っていた。
島崎藤村『岩石の間』-





以下、緋花の木瓜以外の用例を挙げる。

 ごろりと寝(ね)る。帽子が額(ひたい)をすべって、やけに阿弥陀(あみだ)となる。所々の草を一二尺抽(ぬ)いて、木瓜(ぼけ)の小株が茂っている。余が顔はちょうどその一つの前に落ちた。木瓜(ぼけ)は面白い花である。枝は頑固(がんこ)で、かつて曲(まが)った事がない。そんなら真直(まっすぐ)かと云うと、けっして真直でもない。ただ真直な短かい枝に、真直な短かい枝が、ある角度で衝突して、斜(しゃ)に構えつつ全体が出来上っている。そこへ、紅(べに)だか白だか要領を得ぬ花が安閑(あんかん)と咲く。柔(やわら)かい葉さえちらちら着ける。評して見ると木瓜は花のうちで、愚(おろ)かにして悟(さと)ったものであろう。世間には拙(せつ)を守ると云う人がある。この人が来世(らいせ)に生れ変るときっと木瓜になる。余も木瓜になりたい。
 小供のうち花の咲いた、葉のついた木瓜(ぼけ)を切って、面白く枝振(えだぶり)を作って、筆架(ひつか)をこしらえた事がある。それへ二銭五厘の水筆(すいひつ)を立てかけて、白い穂が花と葉の間から、隠見(いんけん)するのを机へ載(の)せて楽んだ。その日は木瓜(ぼけ)の筆架(ひつか)ばかり気にして寝た。あくる日、眼が覚(さ)めるや否(いな)や、飛び起きて、机の前へ行って見ると、花は萎(な)え葉は枯れて、白い穂だけが元のごとく光っている。あんなに奇麗なものが、どうして、こう一晩のうちに、枯れるだろうと、その時は不審(ふしん)の念に堪(た)えなかった。今思うとその時分の方がよほど出世間的(しゅっせけんてき)である。
 寝(ね)るや否や眼についた木瓜は二十年来の旧知己である。見詰めているとしだいに気が遠くなって、いい心持ちになる。また詩興が浮ぶ。
夏目漱石『草枕』

びわの新芽の青さを、私はしばしばボケの花ではないかと、注意深く眺めたものである。
長谷健『天草の春』

何色の花を咲かせるか、書いていない木瓜の例を挙げる。

「ボケを一本ひいて帰ろ。もう直(じ)き花が咲くえ。」
 姉はそういいながら立って雌松林(めまつばやし)の方へ登っていった。彼はひとり長々と仰向(あおむ)きに寝て空を見ていた。長い間姉と二人でこういう所へ来てこういう風に遊んだことはなかった。彼は姉がたいへんに好きであった。
横光利一『御身』

去年の春はその牡丹が咲き揃つてゐる間中、僕はよくその前で一人で長いこと怠けてばかりゐたものでした。「しばらくありて眞晝の雲は處かへぬ園の牡丹の咲き澄みゐること」そんな利玄の歌などを口ずさみながら。――その牡丹は、けふもまだあちこちに咲き殘つてゐる椿、木瓜(ぼけ)、海棠(かいだう)、木蓮、蘇芳(すはう)などと共に、花好きの妻の母が十年近くも一人で丹精した大事な植木です。
堀辰雄『行く春の記』

 桜にはちと早い、木瓜(ぼけ)か、何やら、枝ながら障子に映る花の影に、ほんのりと日南(ひなた)の薫(かおり)が添って、お千がもとの座に着いた。
泉鏡花『売色鴨南蛮』

花石榴とて花はやや大きく八重にして実を結ばず。その下の垣根極めて暗き処に木瓜(ぼけ)一もとあり。一尺ばかりに生ひたれど日あたらねば花少く、ある年は二つ三つ咲く、ある年は咲かず。たまたま咲きたるはいとゆかしかりき。
正岡子規『わが幼時の美感』

 少年時代の亮について覚えている事はきわめてわずかである。舌のさきを奥歯にやって、それをかみながら一種の音を立てる癖があった事を思い出す。これが父の楊枝をかむ癖と何か関係があったかどうかはわからない。それから何かのおりに、竹の切れはしで、木瓜(ぼけ)の木をやたらにたたきながら、同じ言葉を繰り返し繰り返しどなっていた姿を思い出す。
寺田寅彦『亮の追憶』

が、あの辺は家々の庭背戸が相応に広く、板塀、裏木戸、生垣の幾曲り、で、根岸の里の雪の卯(う)の花、水の紫陽花(あじさい)の風情はないが、木瓜(ぼけ)、山吹の覗かれる窪地の屋敷町で、そのどこからも、駿河台(するがだい)の濃い樹立の下に、和仏英女学校というのの壁の色が、凩(こがらし)の吹く日も、暖かそうに霞んで見えて、
泉鏡花『薄紅梅』

鏡花は、アジサイをよく小説内に登場させる。閑人がアジサイの美しさに気づくようになったのは、鏡花の文に親しみだしてからであった。

最後に、織田信長の家紋としての木瓜が描かれている例を挙げる。 

自分から一席置いて隣の二人連(ふたりづれ)は、舞台の正面にかかっている幕の話をしていた。それには雅楽に何の縁故(ゆかり)もなさそうに見える変な紋(もん)が、竪(たて)に何行も染め出されていた。
「あれが織田信長(おだのぶなが)の紋ですよ。信長が王室の式微(しきび)を慨(なげ)いて、あの幕を献上したというのが始まりで、それから以後は必ずあの木瓜(もっこう)の紋の付いた幕を張る事になってるんだそうです」
 幕の上下は紫地(むらさきじ)に金(きん)の唐草(からくさ)の模様を置いた縁(ふち)で包んであった。
漱石『行人』

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