トクサ

   

トクサ

トクサには木賊、砥草という漢字をあてる。砥草の「砥」は、砥石の「砥」である。「シナ領中央アジア」をよめば、砥という字をあてる理由が想像できるのだろう。寺田寅彦『自由画稿』で「シナ領中央アジア」に書いてあることを書いている箇所から引用する。

入れ歯と歯ぐきとの接触の密なことは紙一重のすきまも許さないくらいのものらしい。どこかが少しきつく当たって痛むような場合に、その場所を捜し見つけ出してそこを木賊(とくさ)でちょっとこするとそれだけでもう痛みを感じなくなる。それについて思い出すのは次の実話である。スクラインの「シナ領中央アジア」という本の中にある。

寺田寅彦『自由画稿』




三代目古今亭志ん朝演ずる落語『高田馬場』の枕によると、爪をつむ商売というものがあったらしい。それを頼むと爪を切った後、木賊で磨いてくれたそうな。

閑人(筆者のこと)は、トクサを見たことはあれど、触ったことがない。これは、閑人が品行方正だからである。むやみにおのれの所有しないところのものには、触れないのである。閑人の家の庭には、木賊がなかった。(小)都会で育ったものにとって木賊は、家の庭に生えるものと相場が決まている。

軒下(のきした)から丸い手水桶(ちょうずおけ)を鉄の鎖(くさり)で釣るしたのは洒落(しゃ)れているが、その下に一叢(ひとむら)の木賊(とくさ)をあしらった所が一段の趣(おもむき)を添える。

夏目漱石『趣味の遺伝』

Nさんはこの家(うち)へ行った時、何か妙に気の滅入(めい)るのを感じた。それは一つには姉も弟も肺結核(はいけっかく)に罹(かか)っていたためであろう。けれどもまた一つには四畳半の離れの抱えこんだ、飛び石一つ打ってない庭に木賊(とくさ)ばかり茂っていたためである。実際その夥(おびただ)しい木賊はNさんの言葉に従えば、「胡麻竹(ごまだけ)を打った濡(ぬ)れ縁さえ突き上げるように」茂っていた。

芥川龍之介『春の夜』

女隠居は離れへ来る度に(清太郎は離れに床(とこ)に就(つ)いていた。)いつもつけつけと口小言(くちこごと)を言った。が、二十一になる清太郎は滅多(めった)に口答えもしたこともない。ただ仰向(あおむ)けになったまま、たいていはじっと目を閉じている。そのまた顔も透(す)きとおるように白い。Nさんは氷嚢(ひょうのう)を取り換えながら、時々その頬(ほお)のあたりに庭一ぱいの木賊(とくさ)の影が映(うつ)るように感じたと云うことである。

芥川龍之介『春の夜』

『春の夜』は、太宰治『嘘』の落ちに少し似ているといつも感じる。それをどう説明したものだろう。何かいい手だてはないかしら。

玄関の東側には廊下があり、その廊下の欄干(らんかん)の外には、冬を知らない木賊(とくさ)の色が一面に庭を埋(うづ)めてゐるが、客間の硝子(ガラス)戸を洩れる電灯の光も、今は其処(そこ)までは照らしてゐない。

芥川龍之介『漱石山房の秋』

古風にきどつた庭があつて、椽側ちかく木賊がすつすつと立つてゐて、外をかこむ竹籔の柔い青さがこの庭と一つの世界に見えてゐた。 

片山廣子『三本の棗』

庭に生えている木賊(とくさ)の恰好や色と云い、少しこわいような、秘密なような感情を起させる。

宮本百合子『百銭』

 庭にはよろよろとした松が四、五本あって下に木賊(とくさ)が植えてある。塵(ちり)一つ落ちて居ない。

正岡子規『車上の春光』

松が四、五本よろよろとして一面に木賊(とくさ)が植えてある、爰処(ここ)だ爰処だ、イヤ主人が茶をたてているヨ、お目出とう

正岡子規『初夢』

後者は、題から察しが付く通り、夢の中の話。四五本のひょろ松の下に植えてあるトクサの描写が『車上の春光』と『初夢』において繰り返されている。子規の書き癖か、実際に見た風景が夢に出てきたのか。

客間の庭には松や梅、美しい馬酔木(あせび)、榧(かや)、木賊(とくさ)など茂って、飛石のところには羊歯が生えていた。

宮本百合子『雨と子供』

閑人は、馬酔木ときくと、堀辰雄を想う。『大和路・信濃路』に描かれている馬酔木が印象的である。


 

翌日(よくじつ)は何だか頭が重いので、十時頃になってようやく起きた。顔を洗いながら裏庭を見ると、昨日(きのう)植木屋の声のしたあたりに、小(ち)さい公札(こうさつ)が、蒼(あお)い木賊(とくさ)の一株と並んで立っている。高さは木賊よりもずっと低い。庭下駄(にわげた)を穿(は)いて、日影の霜(しも)を踏(ふ)み砕(くだ)いて、近づいて見ると、公札の表には、この土手登るべからずとあった。筆子(ふでこ)の手蹟である。
 午後三重吉から返事が来た。文鳥は可愛想(かわいそう)な事を致しましたとあるばかりで家人(うちのもの)が悪いとも残酷だともいっこう書いてなかった。

夏目漱石『文鳥』

 ヘクトーは元気なさそうに尻尾(しっぽ)を垂れて、私の方へ背中を向けていた。手水鉢を離れた時、私は彼の口から流れる垂涎(よだれ)を見た。
「どうかしてやらないといけない。病気だから」と云って、私は看護婦を顧(かえり)みた。私はその時まだ看護婦を使っていたのである。
 私は次の日も木賊(とくさ)の中に寝ている彼を一目見た。そうして同じ言葉を看護婦に繰り返した。

夏目漱石『硝子戸の中』

「そうだな。折角そう言ってくれるんなら、ほしいものがあるんだ。このごろ活け花をしたくても、花が高くてな。丁度今ごろ金閣はあやめやかきつばたが花ざかりだろう。かきつばたを四五本、蕾のやら咲きかけのやらもう咲いたのやら、それに木賊を六七本とって来てくれないかな。今夜でもいいんだ。夜、俺の下宿へもって来てくれないかな」

三島由紀夫『金閣寺』

砥草(とくさ)などは北風にさらされる方の茎の色が茜色に焼け、さかんな水気を吸ひ上げ尖端(さき)を蕭條と枯らしてゐるなど冬の色である。砥草はまとめて植ゑるよりも斑に七八本づつ乱して置く方がいいことを冬に入つてから知つた。

室生犀星『冬の庭』

庭に植えられているというわけではない用例を挙げておく。

視(なが)むれば、幼い時のその光景(ありさま)を目前(まのあたり)に見るようでもあるし、また夢らしくもあれば、前世が兎(うさぎ)であった時、木賊(とくさ)の中から、ひょいと覗(のぞ)いた景色かも分らぬ。

泉鏡花 『国貞えがく』

 そんなことを思ひながら運ばれて行く電車の窓の前には、今まで見たどこよりも雪が深く、殊に白く蔽はれた水田の中のここかしこに、褐色の木賊(とくさ)のやうなものの群生が刈り殘されてあるのが、美しく珍らかに眺められた。それはコブヤナギといつて、「孟子」に謂はゆる杞柳(きりう)のことだといふ。性は杞柳のごとく、義はのごとし。人の性を以つて仁義を爲すは杞柳を爲るがごとし。とある。その杞柳は柳行李の材料になると山崎氏の話であつた。
 電車はやがて湯田中へ着き、そこからタクシで、町つづきの安代へ、安代から澁へと、雪で持ち上つた狹い道路を、温泉宿の軒とすれすれによろめき登つて、得中閣に着いた。

野上豐一郎『北信早春譜』

なお、写真は、阪急嵐山駅から京都の愛宕山登山口に行く途中撮ったものだある。紅葉の季節であった。



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