血友病

      2017/06/14

血友病

X染色体劣性遺伝である。したがって、メンデル遺伝に従うとすれば、血友病の父親と、「健常な」母親から生まれた男児が、血友病を発症することは無い。血友病の父親と、「健常な」母親から女児が生まれた場合は、血友病の保因者になる。なお、保因者とは、疾患の原因となる遺伝子とそれに対立する野生遺伝子をヘテロで持つ人のこと。
メンデル遺伝に従うとすれば、血友病の父親と、血友病の保因者である母親との間に生まれた子は、その性別にかかわらず二分の一の確率で血友病となることになる。
血友病の家系でなくとも、血友病になることはありうる。血友病患者のうち約3割は、血友病の家系でないといわれていると聞きかじったことがある。
医学に携わったことのある人が小説を書けば、その中に、医学の知識がもりこまれることが珍しくない。小酒井不木『血友病』から、血友病について書いてある箇所を少し書きぬいておく。

私の家には恐ろしい病気の血統があるので御座います。一口に申しますと、身体のどこかに傷を受けて血が出ますと、普通の人ならば、間もなく血はとまりますのに、私の一家のものは、その血がいつまでもとまらずに、身体の中にあるだけ出てしまって死んで行くという奇病をもって居るので御座います。私の知っております限りでは、祖父も父も叔父も皆同じ病で死にました。又、私の二人の兄も、二十歳前後に、同じ病で死にました。祖父の代から、私の家には男ばかりが生れまして、私には、父方の叔母もなければ、又、姉も妹もありませんでした。二人の兄が死んで、(もうその頃には父もすでに亡き人でしたが)私が一人娘として残ったとき、母は何とかして、私を、その恐ろしい病からのがれしめたいとひそかに切支丹に帰依して、神様にお祈りをしたので御座います。
小酒井不木『血友病』

あなたの家に伝わる病気は血友病と名けるものでありますが、この病気はその家系のうち、男子のみが罹って、女子には決して起こらないのです。たといあなたの十五六歳のときに月のものがはじまっても、あなたは決して、それで死ぬことはなかったのです。
小酒井不木『血友病』

ただ、血友病であるからと言って、必ずしも血が全く止まらなくなるというわけではなかろう。血友病にも軽度のものから重度のものまでありそうなものである。血が止まりにくいというにすぎない患者もいるであろう。また、現在では、女性でも血友病を発症する例が知られているとのことである。
先天的な血友病が一般的であるが、後天的な血友病も存在するのかもしれない。『三国志演義』に登場する趙雲の死因は、血が止まらなかったからだとしてあったように記憶している。注を調べて書いているわけではないので、趙雲の死因が血友病としてあるのかどうかは知らない。
記憶をもとにいっているので、違っているかもしれないが、老将軍趙雲が血を流したのは、妻から針で刺されたからだった。趙雲が、『三国志演義』中で、手負いをしたという記述があったかなかったか忘れたが、長坂の戦いなんぞのことを思えば、趙雲が妻から針で刺されるまで傷一つ負わず幾たびもの戦いをしてきたとは考え難い。血が止まらないことをもって趙雲が血友病患者であったとするならば、趙雲は先天的な血友病患者とは考えにくいであろう。
なお、血が止まらないから、血友病であるとするのが、短絡的であることは自覚している。
私は、小酒井不木『血友病』の「兄が顔に小さな傷をして、医術の施しようがなく、そこから出る血を灰にすわせて、だんだん蒼ざめて死んで行った姿は、今もまだ私の眼の前にちらつきます」の箇所を読んだとき、『三国志演義』の趙雲のことを思い出した。それで、趙雲の死に方に思いを馳せながらこのコラムを書いた。戯れにせよ妻から、針を刺される爺というのも、なんとなく、かわいそうである。虐待されていたのかもしれない。サディスティックな妻であったのかもしれねえ。一つはっきりしていることは、私は暇であるということ。

長坂と、書いたついでに書いておく。夏目漱石『我輩は猫である』(八)に、「燕ぴと張飛が長坂橋に丈八の蛇矛を横たえて、曹操の軍百万人を睨み返した」とある。この(八)の頭の方には、臥竜窟という文字がみられる。おそらくは、三国志の世界が臥竜窟と書いた辺りから漱石の頭のなかにひろがっていったのだろう。それで、張飛のことを書いたのだろうが、臥竜窟と、張飛の間にはかなりの分量がある。




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