アオサギ

      2017/03/27

アオサギ

今回は、アオサギに書いていきたい。まず芭蕉の句を挙げる。
昼ねふる青鷺(あをさぎ)の身のたふとさよ  芭蕉

この句を挙げて、芥川龍之介は「たつた十七字の活殺なれど、芭蕉(ばせを)の自由自在には恐れ入つてしまふ。西洋の詩人の詩などは、日本人故わからぬせゐか、これ程えらいと思つた事なし。まづ「成程(なるほど)」と云ふ位な感心に過ぎず。」(芥川龍之介『雑筆』)と書いている。

芭蕉が「昼ねふる青鷺の身のたふとさよ」と詠んだ通り、アオサギは、昼寝るものらしい。梶井基次郎『ある心の風景』では、「青鷺(あおさぎ)のように昼は寝」とある。




いつも紅茶の滓(かす)が溜っているピクニック用の湯沸器。帙(ちつ)と離ればなれに転(ころが)っている本の類。紙切れ。そしてそんなものを押しわけて敷かれている蒲団。喬はそんななかで青鷺(あおさぎ)のように昼は寝ていた。眼が覚めては遠くに学校の鐘を聞いた。そして夜、人びとが寝静まった頃この窓へ来てそとを眺めるのだった。

梶井基次郎『ある心の風景』 

『ある心の風景』では、ゴイサギも登場する。五位鷺と青鷺は存外混同しやすい。

夕風や水青鷺の脛を打つ  蕪村

ラフカヂオ・ヘルン又の名小泉八雲氏は時偶(ときたま)日本服を着る事があつたが、羽織の紋にはヘルンといふ自分の名からもじつて蒼鷺(ヘロン)をつけてゐた。鷺はヘルン氏の紋として恰好な動物であつた。

薄田泣菫『茶話』から「紋どころ」大正五(一九一六)年8・13(夕)

アオサギは、英語ではGray heronである。 Heronは、鷺である。紋で、蒼鷺というのがあるのかもしれないが、閑人は浅学ゆえ、知らぬ。ただ、鷺の紋はあるらしい。
芥川の書いたものからアオサギの用例を挙げておく。
 

 蒼鷺(あをさぎ)
 何(なん)でも雨上(あまあが)りの葉柳の匂が、川面(かはも)を蒸してゐる時だつた。お前はその柳の梢(こずゑ)に、たつた一羽止まつてゐたが、「夕焼け、小焼け、あした天気になあれ。」――そんな唄を謡(うた)つて通(とほ)つた、子供の時のおれを覚えてゐるかい? 

芥川龍之介『動物園』

「柳に鷺の配合は、日の出に鶴ほどではないかも知れぬが、画材としては頗(すこぶ)る陳腐なものである。」(柴田宵曲『古句を観る』)とある。芥川龍之介『動物園』から引用した個所と合わせ読むと面白い。

 おれは沼のほとりを歩いてゐる。
 昼か、夜(よる)か、それもおれにはわからない。唯、どこかで蒼鷺(あをさぎ)の啼く声がしたと思つたら、蔦葛(つたかづら)に掩(おほ)はれた木々の梢(こずゑ)に、薄明りの仄(ほの)めく空が見えた。  

芥川龍之介『沼』

それからどこかでけたたましく、蒼鷺(あおさぎ)の啼く声がした。と思って立止ると、いつか潮がさし出したと見えて、黄泥(こうでい)を洗う水の色が、さっきよりは間近に光っている。が、女は未だに来ない。

芥川龍之介『尾生の信』

芥川の小説で、女を待つという枠組みでは、『早春』を思い出す。鏡花は作品中に五位鷺を登場させることが多いが、芥川は、アオサギを登場させることが多いような印象を受ける。(きちんと調べたわけではない。)

アオサギの用例を二三挙げて、終わる。

 かつて詩集「月に吠える」の序に書いた通り、詩は私にとつての神祕でもなく信仰でもない。また況んや「生命がけの仕事」であつたり、「神聖なる精進の道」でもない。詩はただ私への「悲しき慰安」にすぎない。
 生活の沼地に鳴く青鷺の聲であり、月夜の葦に暗くささやく風の音である。

萩原朔太郎『青猫』序

青鷺の立ち迷う沼沢の多かったむかしにくらべ、この城外には、甍(いらか)を立てた建物が混み合っていた。

室生犀星『後の日の童子』

地上の、どんな女性を描いてみても、あのミケランジェロの聖母とは、似ても似つかぬ。青鷺(あおさぎ)と、ひきがえるくらいの差がある。たとえば、私が荻窪の下宿にいたとき、近くの支那そばやへ、よく行ったものであるが、或る晩、私が黙って支那そばをたべていると、そこの小さい女中が、エプロンの下から、こっそり鶏卵を出して、かちと割って私のたべかけているおそばの上に、ぽとりと落してくれた。私は、みじめな気がして、顔を挙げることが、できなかった。それからは、なるべく、そのおそばやに、行かないことにした。実に、恥ずかしい記憶である。

太宰治『俗天使』

彼は、堅牢(けんろう)な唐竹を伐って、それに蔓(つる)を張って弓にした。矢は、細身の唐竹を用い、矢尻は鋭い魚骨を用いた。本土ならば、こうした矢先にかかる鳥は一羽もいなかっただろうが、この島に住んでいる里鳩(さとばと)、唐鳩(からばと)、赤髭(あかひげ)、青鷺(あおさぎ)などは、俊寛の近づくのをすこしも恐れなかった。

菊池寛『俊寛』




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