ゼラニウム

      2017/04/01

ゼラニウム

ゼラニウムの花の色は、赤、桃、白など。株によって、色が異なるようである。挿し木で簡単に増やすことができる。窓辺にこの花を植えるのは、この花の香りを虫が厭うからだときく。まずは、窓辺にゼラニュウムが植えてある様子の描写を挙げていく。

自動車の通る道路をはさんで両側に低い木柵を結った二階建の住宅が、同じ形で四五十軒並んでいる。小鳥の籠ゼラニュームの鉢などが出ている窓もある。そういう小住宅が五側ばかりで、清潔な町をかたちづくっているのであった。

宮本百合子『石油の都バクーへ』




 その昼、朝子はすこしおくれて素子に扶(たす)けられながら食堂へ出た。窓に並んでいるゼラニウムの赤や桃色の満開の花鉢、白い布のかかった食卓の上に並べられている食器も、それに向ってかけている男女の顔ぶれも、いかにも下宿らしく、何ひとつ一昨日と変ったことはない。けれども衰弱している朝子の神経にはそこいらにあるのが妙に目新しく、一人一人の顔もくっきりとした輪廓をもって心に映った。

宮本百合子『おもかげ』

そのフランス風の大露台から左手に見える森をへだてて、公園のはずれに、古風で陰気な石造の小建築がある。プーシュキンが少年時代をそこで教育された貴族学校のあとだった。その建物と往来をへだてた斜向いのところに、目立たない入口をもった石造の二階建の家がある。建物に沿った古びた石じきの歩道をゆくと、その建物の一階の四つの窓に白レースの目かくしがたれて、桃色のきれいなゼラニウムの花が、窓のひろさいっぱいに飾られているのがちらりと目に入った。その建物はもと貴族学校の校長の家だった。いまはパンシオン(下宿)になっている。

宮本百合子『道標』

私は妻の表情にも姿にも、何かしら精神病的な或いは修道院的なものがあるような気がし、古めかしい調度があり、籠のなかで眠っている小鳥がい、ゼラニウムの匂いがし、天井が低くて薄暗くて、そしてむんむんするほど温かな彼女の部屋部屋は私に、尼僧院長の居間か、さもなければ信心に凝った老将軍夫人の居間を思わせるのだった。
 私は客間にはいった。妻は意外の色も当惑の色も見せずに、まるで私の来るのをちゃんと知っていたように、険を含んだ平然とした眼つきで私を見た。

アントン・チェーホフ『妻』神西清訳

窓にはゼラニウムの鉢植えと、モスリンのぼろ布。そのぼろ布には、満足した数匹の蠅(はえ)。壁には誰か僧正の肖像がかかっていて、油絵のくせにガラスがはめてあり、そのガラスの一隅が欠けている。

アントン・チェーホフ『嫁入り支度』神西清訳

神西清は、堀辰雄の親友であった。堀が妻に、神西はロシヤ文学の翻訳をしだしてから酒量が増えたといったそうである。堀はそのことをあまりよくは思っていなかったらしい。

窓辺に置かれているかはっきりしない、もしくは、窓辺にはおかれていない例を挙げる。



 日々草から、キハツ性のゼラニウムの葉から立つと同じような香いがした。根を熱湯につけてさすと一日一日、新しい花がさくと云ったが咲かず、二日目に、葉ばかりになった。

宮本百合子『一九二五年より一九二七年一月まで』

書物がごたごた並べてある書棚、釘に掛かってるパイプ、そして窓の上には、ゼラニウムの鉢(はち)が置かれていた。そこにいると、友だちらに取囲まれてるような気がした。

ロマン・ローラン『ジャン・クリストフ』豊島与志雄訳

西洋でも花瓶(かびん)に花卉(かき)を盛りバルコンにゼラニウムを並べ食堂に常緑樹を置くが、しかし、それは主として色のマッスとしてであり、あるいは天然の香水びんとしてであるように見える。

寺田寅彦『日本人の自然観』

 庭に面した部屋で朝食をとる。庭にはサボテン、鶏頭、ゼラニューム、その他の花が咲いている。茶を飲みながら、五郎は主人に弁当を頼んだ。主人は承諾して言った。

梅崎春生『幻化』

花壇の中にゼラニュームやペチュニアの茂みの間から伸び出てる、二株のリラ

ロマン・ローラン『ジャン・クリストフ』豊島与志雄訳

リラとは、ライラックのこと。そよ風に揺れるような花である。

「お早う、先生!」
 ハルミが露路を隔てた真向きの窓から呼びかけるのであつた。
「愉快さうだね、お早う……」
「ゼラニユウムに水をやらなければ駄目ぢやありませんか、お日様はもう高いのよ。」
 私は窓ぎはの白い卓子の上で、甲虫の脚をそろへ、蝶の翅を展して防腐剤を注射するのであつた。

牧野信一『真夏の朝のひとゝき』

牧野信一は、酒を飲むと自身のことを牧野さんとさん付けしたと坂口安吾は書いている。

次にはO君から浅い大きな鉢(はち)にいろいろの草花を寄せ植えにしたのを届けてくれた。中心になっているのはやはりベコニアで、その周囲には緑色の紗(しゃ)の片々と思うようなアスパラガスの葉が四方に広がり、その下から燃えるようなゼラニウムがのぞき、低い所にはアルヘイ糖のように蟹(かに)シャボの花がいくつか鉢の縁にたれ下がっていた。

寺田寅彦『病室の花』

あばら屋の二階には、たまたま兄が疎開させていた百科辞典があった。それを開いてみると、花の挿絵のところが目に触れた。すると、これらの花々は過ぎ去った日の還らぬことどもを髣髴と眼の前に漾わす。僕はあの土地へ、嘗てそれらの花々が咲き誇っていた場所へ行ってみたくなった。魅せられたように僕はその花の一つ一つに眺め入った。
 しゃか。カーネーション。かのこゆり。てっぽうゆり。おだまき。らん。シネラリヤ。パンジー。きんぎょそう。アマリリス。はなびしそう。カンナ。せきちく。ベチュニア。しゃくやく。すずらん。ダリア。きく。コスモス。しょうぶ。とりとこ。グロキシニア。ゆきわりそう。さくらそう。シクラメン。つきみそう。おいらんそう。福寿草。ききょう。ひめひまわり。ぼけ。うつぼかずら。やまふじ。ふじ。ぼたん。あじさい。ふよう。ばら。ゼラニューム。さざんか。つばき。しでこぶし。もくれん。さつき。のばら。ライラック。さくら。ざくろ。しゃくなげ。まんりょう。サボテン。……僕はノートに花の名を書込んだままだった。

原民喜『夢と人生』

美しいチューリップやカーネーションやヒヤシンス、ゼラニウム、シクラメンなどの花をあつめ、外をアスパラガスの葉で包んだ花束を持ったヒトミと東助が、雑草ののびた野原のまん中さしてはいっていく。

海野十三『ふしぎ国探検』

この下宿の正面は小さな庭に面している一方、建物とネーヴ・サント・ジュヌヴィエーヴ通とは直角をなすかたちとなっていて、館の裏側断面を通から眺めることが出来た。正面入り口の前面に六フィート幅の砂利の空間があり、それと庭に挟まれて砂利の通路が走っていた。通路の脇にはゼラニウム、夾竹桃や柘榴が植わった青や白の陶器の大鉢が並んでいる。

バルザック『ゴリオ爺さん』中島英之訳

前栽の金魚草・たちあおい・ゼラニウム・緑・赤毛糸ししゅうみたいな花壇とその奥の窓々に白いレース・カーテンをかいま見させるていどに開放的である。

宮本百合子『ロンドン一九二九年』

 白い帽子を手に取って姿鏡の前に立って自分の映像に上機嫌に挨拶して新吉は、其の癖やはり内心いくらか憂鬱を曳きながら部屋を出た。入口の門番(コンシェルジュ)の窓には誰も居なくて祭の飾りの中にゼラニウムの花と向いあって籠の駒鳥が爽(さわ)やかに水を浴びていた。
岡本かの子『巴里祭』

パリ祭は、七月十四日。太宰治『おさん』でもパリ祭の名がみえる。
先の岡本かの子『巴里祭』からの引用部に「白い帽子を手に取って姿鏡の前に立って自分の映像に上機嫌に挨拶して」とあるが、太宰治『思ひ出』にも「そんな私の姿が往來の窓硝子にでも映ると、私は笑ひながらそれへ輕く會釋をした」とある。太宰の名を出したついでに書いておく。

Monet  Madame Monet and Child

 - 文学作品の中の植物