食道癌

      2017/06/16

たいていの臓器は、漿膜でおおわれている。しかし、食道には漿膜がない。したがって、食道に癌ができると胸中に癌がひろがる可能性が高くなる。
山崎豊子『白い巨塔』の財前五郎は、そういえば、食堂噴門癌の手術が得意であるという設定になっている。噴門は、食道と胃のつなぎ目のところである。昨今、胃炎や胃ガンの原因になる可能性があるため、ピロリ菌が悪者扱いされているが、ピロリ菌もそう悪いことばかりしているわけではない。ピロリ菌はウレアーゼ活性を持っており、胃酸を中和させる。したがって、ピロリ菌を除菌してしまうと、胃酸過多となり、胃周辺の食道までも胃酸が入り込む可能性が生じる。胃壁が胃酸により自己消化されないのは、副細胞から産生される粘液によって守られているからである。食道には副細胞がないので、胃酸が胃から食道に逆流してくれば、食道の表面の細胞は胃酸によって死ぬことになる。細胞が死ねば、細胞がまた新たに作られる必要がある。細胞が死に、また新たにつくられ、という過程が繰り返されると癌化した細胞が生じやすくなる。極言すれば、ピロリ菌は、食道癌を防いでいるともいえる訳である。ピロリ菌の肩をもちたくなったので、ピロリ菌を擁護してみた。擁護しおわって、三百代言も、しかるべき人がならなかったなら困ると思った。
日本近代文学作品中に食道癌が出てくる箇所があるので、ひろっておきたい。
まずは、夏目漱石『変な音』から。

一日二日して自分は其三人の病症を看護婦から確めた。一人は食道癌(しよくだうがん)であつた。一人は胃癌であつた、殘る一人は胃潰瘍であつた。みんな長くは持たない人許ださうですと看護婦は彼等の運命を一纒めに豫言した。
夏目漱石『変な音』

「大溝」は今日の本所にはない。叔父も亦大正の末年に食道癌を病んで死んでしまつた。 
芥川龍之介『本所両国』

大きい病室である。十ばかりの寝台が二列に並んでいる。その上に、黒い輪郭だけの患者が仰臥している。勿論、容貌などははっきりしない。奇妙なことに、どの患者も病衣の間から管のようなものを出している。しかしその管の出ている部位はそれぞれ違っている。喉元から出ている人もいる。胸や、腹のあたりから出ている人もいる。そうしてそれぞれの附添婦が太い注射器を持って、それぞれの管の中に溶液を注入しているのである。その溶液はスープでもあろうか。果汁でもあろうか。つまり食道癌の患者達の夕食が始まっているのではないか。 
外村繁『落日の光景』

ちなみに、高見順『死の淵より』は、食道癌の手術を施された作者が、術後「八か月」のあいだに書かれたものである。



 - 文学作品の中の現象