キクラゲ

      2017/03/22

キクラゲ

芥川龍之介『河童』に「しかし目や口は兎も角も、この鼻と云ふものは妙に恐しい気を起させるものです。」(芥川龍之介『河童』)とある。その「鼻」を、キクラゲに例えることがあるようです。




「ね、親分、こいつは珍しいでせう」
 ガラツ八の八五郎は、旋風(せんぷう)のやうに飛込んで來ると、いきなり自分の鼻を撫で上げるのでした。
「珍しいとも、そんなキクラゲのやうな鼻は、江戸中にもたんとはねエ」

野村胡堂『錢形平次捕物控 がらツ八手柄話』

しかし、耳のほうが、キクラゲに例えられることは多いだろう。村上春樹の小説で、耳について言及が多くなされていることは、よく知られていることである。見れば見るほど、耳は妙な形をしておる。駄弁を弄していないで、耳が木耳(キクラゲ)に例えられている(あるいはその逆の)用例を挙げておく。

あんな福耳を持ってるからつい信用してしくじった、と僕が嘆くと、
「そうだ。そうだ。僕もあのキクラゲ耳にはすっかりだまされた」
 と野呂が熱っぽく共鳴する。

梅崎春生『ボロ家の春秋』

 参木に老酒(ラオチュウ)の廻り出した頃になると、料理は半ば以上を過ぎていた。テーブルの上には、黄魚のぶよぶよした唇や、耳のような木耳(きくらげ)が箸もつけられずに残っていた。

横光利一『上海』

形だけ耳の体をしているが、聞こえておらず、飾りのようなものだという時に、耳が木耳に例えられることもある。

たわけと言おうか、耳はあっても木耳(きくらげ)同様
まなこはあッても節穴(ふしあな)同然
木偶(でく)の坊(ぼう)とはこれらのことだよ
いまに見なせえ

中里介山『大菩薩峠 椰子林の巻』

すると右門は即座に自分の耳を指さしたものでしたから、伝六が目をぱちくりしたのは当然。
「見たところへしゃげた耳で、べつに他人のと変わっているようには思えませんが、なにか仕掛けでもありますかい」
「うといやつだな。あのとき小屋の中でもそういったはずだが、お花見のときにきいた妓生(キーサン)の南蛮語だよ。はじめはむろんでたらめなべらべらだなと思っていたが、きさまがおでん屋で芋焼酎を売り物にしているといったあの話から、てっきり南蛮酒だなとにらんだので、南蛮酒から南蛮渡来の玉乗りのことを思いついて、妓生のべらべらをもう一度聞きためしにいったまでのことさ。あの玉乗りの太夫たちが唐人ことばで踊りを踊るということは、まえから聞いていたのでな。ねたを割りゃ、それだけの手がかりさ」
 いうと、右門はおれの耳はおまえたちのきくらげ耳とは種が違うぞ、というように、唖然(あぜん)と目をみはっている同僚たちの面前で、ぴんぴんと両耳をひっぱりました。

佐々木味津三『右門捕物帖 南蛮幽霊』

寸人豆馬(すんじんとうば)と言いますが、豆ほどの小僧と、馬に木茸(きくらげ)の坊さん一人。これが秋の暮だと、一里塚で消えちまいます、五月の陽炎(かげろう)を乗って行(ゆ)きます。

泉鏡花『河伯令嬢』

*「筆談でないと通じないほどでもないが、余程耳が疎(うと)いらしい」坊さんのことを「木茸(きくらげ)の坊さん」と表現している。

以下、キクラゲそのものについて言及されている用例を挙げておく。

音が味を助けるとか、音響が味の重きをなしているものには、魚の卵などのほかに、海月(くらげ)、木耳(きくらげ)、かき餅、煎餅(せんべい)、沢庵(たくあん)など。そのほか、音の響きがあるために美味いというものを数え上げたら切りがない。

北大路魯山人『数の子は音を食うもの』

○豚饅頭には支那風にニンニクと木耳(きくらげ)とヤエナリ小豆のモヤシとを豚肉に交ぜ米利堅粉にてツナぎたるがよし。薬味(やくみ)にもニンニクを刻む。

村井弦斎『食道楽』

蟇は、やっぱりのそのそ這いながら、
 (そこらはみんな、桃いろをした木耳だ。
  ぜんたい、いつから、
  こんなにぺらぺらしだしたのだろう。)といっています。

宮沢賢治『タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった』

 

中国料理にパイモールというものがあるね。銀耳(インアル)と書くが要するにきくらげだが、これが目方において黄金と匹敵するとまで尊重されている。

北大路魯山人『美味放談』

雨の時など湿れば膨れて寒天状を呈し、宛(あた)かも木耳(キクラゲ)を踏みつけた様な姿を成し、濁黄緑色を呈してビロビロとしているが、日が照って乾けば地面にへばり着いて丁度乾いた犬糞を想わしむる状を呈する者である。

牧野富太郎『植物記』

*「Nostoc commune, Vaucher.」の説明箇所から引用している。

大巌(おおいわ)の岸へ着くと、その鎌首で、親仁の頭をドンと敲(たた)いて、(お先へ。)だってよ、山路はぞろぞろと皆、お祭礼(まつり)の茸だね。坊主様(ぼんさま)も尼様も交ってよ、尼は大勢、びしょびしょびしょびしょと湿った所を、坊主様は、すたすたすたすた乾いた土を行(ゆ)く。湿地茸(しめじたけ)、木茸(きくらげ)、針茸(はりたけ)、革茸(こうたけ)、羊肚茸(いぐち)、白茸(しろたけ)、やあ、一杯だ一杯だ。」

泉鏡花『茸の舞姫』

 湯檜曾温泉は海抜八百メートルの高地にあるが、四方を山に囲まれていて、眺望はあまりきかない。しかし私達の通された部屋は、三方に窓が開いてい、絶えず山風が吹き通って、ひどく涼しい。
 浴後、私と妻は夕食の卓につく、鯉の洗い、姫鱒の塩焼、ぜんまい、きくらげなど、土地の珍しいものが出る。私と妻とは互のコップにビールを注ぎ合い、乾杯する。
「涼しいね」

外村繁『澪標』




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