素人のバイオリン弾き

      2017/03/30

素人のバイオリン弾き

ニューヨークいちの悪人と言われた(確信は持てない。鵜呑みにしてはいけない。)『悪魔の辞典』の作者ビアスは、バイオリン(fiddle)のことを、「An instrument to tickle human ears by friction of a horse’s tail on the entrails of a cat.」と定義している。くすぐり方もいろいろあろうが、うまくくすぐるのは、難しい。芥川龍之介『葱』に(男の)「声はヴァイオリンのごとく優しくって」とある。バイオリンの音色は、本来はやさしいものであるはずなのだが、下手なのが弾くとまことに聞き苦しい。





「いずれの楽器も蘊奥(うんおう)を極めることのむずかしさは同一であろうがヴァイオリンと三味線とはツボに何の印もなくかつ弾奏(だんそう)の度(たび)ごとに絃(げん)の調子を整えてかかる必要があるのでひと通り弾(ひ)けるようになるまでが容易でなく独稽古(ひとりげいこ)には最も不向きである」と谷崎潤一郎『春琴抄』にあるが、寺田寅彦は、独稽古をした。寺田寅彦がどのくらいの腕になったのかは知らないが、最初はひどかったろう。寺田寅彦『二十四年前』から引用をしておく。

長い休暇の所在なさを紛らす一つの仕事として私はヴァイオリンのひとり稽古(げいこ)をやっていた。その以前から持ってはいたが下宿住まいではとかく都合のよくないためにほとんど手に触れずにしまい込んであったのを取り出して鳴らしていたのである。もっともだれに教わるのでもなく全くの独習で、ただ教則本のようなものを相手にして、ともかくも音を出すまねをしていたに過ぎなかった。適当な教師があれば教わりたかったが、そういう方面に少しの縁故ももたなかったし、またあったにしてもめったな人からは教わりたくもなかった。それでやっぱりいろんな書物にかいてあるひき方を読んでは、ひとりでくふうしながら稽古(けいこ)していた。いつまでもろくな音は出なかったが、それでもそうする事自身に人知れぬ興味はあった。

寺田寅彦『二十四年前』

長谷川町子『サザエさん』に、マスオのバイオリンの音と、のこぎりで木をひいている音との区別がサザエさんにはつかなかったという内容のものがあった。へたっぴが弾くバイオリンの音を、のこぎりで木を挽く音に例えることは、昔からよくあったらしい。洋楽の嫌いであった二葉亭四迷について書かれたものからまず引用する。

この頃の洋楽流行時代に居合わして、いわゆる鋸(のこぎり)の目を立てるようなヴァイオリンやシャモの絞殺(しめころ)されるようなコロラチゥラ・ソプラノでもそこらここらで聴かされ、加之(おまけ)にラジオで放送までされたら二葉亭はとても助かるまい。苦虫(にがむし)潰(つぶ)しても居堪(いたた)まれないだろう。         

内田魯庵『二葉亭余談』

「いわゆる鋸の目を立てるようなヴァイオリン」の「いわゆる」から、よく使われる比喩だったことがわかる。木をのこぎりで挽く音に例えている例として、代助の兄の子、縫について書いてあるところから引用しておく。

近頃はヴァイオリンの稽古(けいこ)に行(ゆ)く。帰って来ると、鋸(のこぎり)の目立ての様な声を出して御浚(おさら)いをする。ただし人が見ていると決して遣らない。室(へや)を締め切って、きいきい云わせるのだから、親は可なり上手だと思っている。

漱石『それから』




漱石『吾輩は猫である』の苦沙弥先生も「ヴァイオリンなどをブーブー鳴らしたりするが、気の毒な事には、どれもこれも物になっておらん」と猫から断じられている。ただ、寒月が言うように下手もみんなで弾いたらうまく聞こえる。これは、確かに合奏の長所の一つであろう。
漱石『三四郎』で、三四郎が、美禰子の家に行ったとき、美禰子は、バイオリンを鳴らした。美禰子のバイオリンの音は、どんな調子だったろう。もっとも、美禰子の楽器の値段は、よし子の楽器の値段よりは、よかったらしい。美禰子は、バイオリンが、うまいような気がする。少なくとも人の心を動かしそうである。寺田寅彦は、九円のバイオリンを持っていたことがあったらしい。「音楽の修業の事で教えていただきたい事がある」(寺田寅彦『二十四年前』)とケーベル先生を訪問し、寺田の楽器の値段を聞いた先生は大笑いしたそうな。その程度の楽器をつかっているようではお話にならない、ということであろう。『吾輩は猫である』では、寒月のバイオリンは「五円二十銭」となっている。その値段を聞いて迷亭曰く、「おいそんな安いヴァイオリンがあるのかい。おもちゃじゃないか」。また曰く、「寒月君、君のヴァイオリンはあんまり安いから鼠が馬鹿にして噛(かじ)るんだよ、もう少しいいのを奮発して買うさ、僕が以太利亜(イタリア)から三百年前の古物(こぶつ)を取り寄せてやろうか」。ウイスキーとバイオリンは、女房や畳とちがって、古いほうがよいと昔からよく言われる。(閑人の意見に非ず。閑人は、淑女の味方である。)寒月は、バイオリンを鰹節と一緒に袋の中にいれておいたら、鰹節、バイオリンともども、ネズミにかじられたのである。
有島武郎『或る女』でも、ケーベルという名前は出てくる。引用してこのコラムを終える。

上野(うえの)の音楽学校にはいってヴァイオリンのけいこを始めてから二か月ほどの間(あいだ)にめきめき上達して、教師や生徒の舌を巻かした時、ケーべル博士(はかせ)一人(ひとり)は渋い顔をした。そしてある日「お前の楽器は才で鳴るのだ。天才で鳴るのではない」と無愛想(ぶあいそ)にいってのけた。それを聞くと「そうでございますか」と無造作(むぞうさ)にいいながら、ヴァイオリンを窓の外にほうりなげて、そのまま学校を退学してしまったのも彼女である。        

有島武郎『或る女』

このような逸話から、葉子の性格が読者に印象付けられていく。ついでに書いておくが、名バイオリニスト、ゴールドベルグは、戦中日本軍の捕虜になった。そのとき彼は、使用していたストラディバリを放り投げたことがあったのではなかったかしら。私の記憶違いかもしれない。


この松ヤニは、音の反応が早い。閑人には、これが、一番つかいやすい。

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